今回ご紹介する映画は『キリエのうた』です。
岩井俊二監督に寄る、歌うことでしか“声”を出せないミュージシャンの数奇な人生を描いた物語。
本記事では、ネタバレありで『キリエのうた』を観た感想・考察、あらすじを解説。
岩井俊二監督がアイナ・ジ・エンドという“ミューズ”との出会いで、これまでの集大成と言える映画になっていました!
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『キリエのうた』の作品情報・予告
おすすめポイント
唯一無二の歌声による鎮魂歌。
岩井俊二監督&アイナ・ジ・エンド主演、歌うことでしか“声”を出せないミュージシャンの数奇な人生を描いた物語。
複数の人間における2010年から2023年までの13年間の数奇な運命を描いた音楽映画。約3時間の長尺で、時代を行き来する編集、重く苦しい題材で震災を扱う物語は観る人を選ぶと思います。
しかし、単なる音楽映画ではなく、監督のスタイルで震災を描ききった意思が映像から伝わります。
歌うことでしか声を出せない主人公の歌は、魂の叫びであり、いなくなった人間への祈りの鎮魂歌。主演を務めた元BiSHのアイナ・ジ・エンドによる唯一無二の歌唱力、表現力があってこそ成立する物語。
『キリエのうた』のキャスト・キャラクター解説
キャラクター | 役名/キャスト/役柄 |
---|---|
小塚路花(ルカ)/キリエ/希(アイナ・ジ・エンド) “キリエ”の名で路上生活をしながらライブを行うミュージシャン。 | |
潮見夏彦(松村北斗) 帯広の牧場に務める青年。ルカと真織里と不思議な縁で繋がる。 | |
広澤真織里/一条逸子・“イッコ”(広瀬すず) キリエのマネージャーとなり生活とライブ活動のサポートをする謎の女性。 | |
寺石風美(黒木華) 大阪で小学校教師を務める。震災後、幼きルカを保護する。 |
ネタバレあり
以下では、映画の結末に関するネタバレに触れています。注意の上、お読みください。
【ネタバレ解説】『キリエのうた』の時系列とあらすじ
『キリエのうた』の物語は、主に4つの場所【北海道(帯広)、宮城(石巻・仙台)、大阪(藤井寺市)、東京】における、5人【希(きりえ)、路花(るか・キリエ)、夏彦、真織里(マオリ・イッコ)、風美(ふみ)】を中心とした物語を描いています。
以下では、時系列を整理して並び替えて物語を詳しく解説していきます。
2010年〜2011年3月11日・宮城
(C)2023 Kyrie Film Band
石巻市で医者の家系に生まれた潮見夏彦は、両親とともに仙台に引っ越して生活していた。
2010年、夏彦が高校3年生の夏、石巻の実家に帰省した夏彦は、中学時代の同級生と久しぶりに会っていた。そんな中、友人の1人が、ひとつ学年下の小塚希(こずかきりえ)を連れて来る。
希に好意を寄せられていた夏彦は、その夜、彼女を送る途中で神社に立ち寄る。2人はそこで手をつなぎ、キスを交わす。付き合うことになった2人だったが、後に希の妊娠が判明する。
夏彦は希の実家に招かれ、希の母と妹の路花(るか)と対面する。母親は子供を産むことに賛同するが、受験が近づく中で、夏彦の成績は落ちていく一方だった。それから2人は、夏彦の受験が終わるまでしばらく会わないようにしていた。
2011年3月11日。夏彦は大学の医学部に合格するが、受かったのは大阪の大学だけだった。夏彦は久々に希に電話をする。夏彦が子供について話題を投げかけたとき、激しい地震が2人を襲う。
互いの無事を確認すると、家族を心配する希は、津波が来ると報じられる中で母と妹を探しに向かう。希は夏彦と電話を繋げたままの状態で探し回り、ようやく妹を見つける。
夏彦は電話が切れる寸前「ずっと一緒だよね」と希から名前を呼ばれるが、それが彼女との最後の会話となった。
希の安否が気がかりな夏彦はその夜、居ても立っても居られず、フルマラソンと同じくらいの距離である仙台から石巻へ走って向かう。しかし、夏彦は希と再会することはできなかった。
2011年・大阪
(C)2023 Kyrie Film Band
藤井寺市で小学校の教師をしている寺石風美(フミ)は、クラスのやんちゃな男子生徒・岡田健人から、古墳の近くにいる何を聞いても喋らない女の子“イワン”の話を聞く。
フミは古墳近くで女の子の歌声を耳にすると、大きな木の上でイワンらしき女の子を発見する。フミはイワンを保護し、彼女の持ち物からイワンが「コヅカルカ」という名前で、石巻から来たことを知る。
フミはSNSで情報を探り、“なつ”というアカウント名のユーザーが「小塚希(こづかきりえ)」という女性を探していることを発見する。ルカに確認すると、希(きりえ)がルカの姉であり、“なつ”がフィアンセだという。
フミはDMを通して“なつ”とやり取りし、“なつ”こと潮見夏彦が大阪にやって来る。夏彦は大阪の大学に合格するも、地震をきっかけに進学せず、現在は石巻でボランティア活動をしているという。
ルカは希から夏彦が大阪に進学することを聞いており、1人で大阪にやって来たのだった。フミに経緯を尋ねられた夏彦は、希との出会いと別れを話し始める。
震災から数ヶ月経った現在も、希は未だに行方不明だった。夏彦は自分の後悔を吐露し、ルカを守ることを誓う。夏彦の話を聞いたフミも手助けすると言い、2人はひとまずルカを連れて児童相談所に相談することにする。
しかし、ルカと血縁関係のない2人は、児童相談所にルカを引き取られて離れ離れになってしまう。フミと夏彦に残ったのは無力感と悔しさだけだった。
2018年・北海道
(C)2023 Kyrie Film Band
帯広で母と祖母と3人暮らしをしている高校3年生の真織里(マオリ)は、母のように代々スナックのママになる運命は嫌だと感じながらも、大学に進学できる経済的も学力もなかった。
ある時、母が牧場経営の横井という男に気に入られ、横井が学費を負担すると申し出る。それを機に東京への進学を夢見た真織里のもとに、横井の牧場で働く潮見夏彦が家庭教師としてやってくる。
マオリは夏彦の指導で受験勉強する傍ら、夏彦の妹・小塚路花(ルカ)の存在を知り、ひとつ学年下のルカと友達になる。
夏彦は仙台に両親を残してルカと2人で一緒に暮らしていた。マオリはルカと親交を深めていき、雪深い正月、神社に初詣に行く。
マオリは東京の大学に合格し、マオリは夏彦を通してギターをルカに引き渡す。
2023年・東京
(C)2023 Kyrie Film Band
新宿で路上ライブ生活をするキリエの前に、イッコ(一条逸子)が現れる。ルカはキリエとして、マオリはイッコとして、2人は互いにかつての名前を捨てて新しい名前に変えていた。
その後、イッコはキリエのマネージャーになると申し出ると、彼女の衣装や機材を一緒に揃え、SNSを運用し、グッズ販売を得意とする松坂珈琲という男と繋いだりなど、キリエの路上ライブをサポートする。
キリエはイッコの元彼が所有するマンションで過ごすことになるが、ある時、元彼が女性を連れて帰宅した場面に遭遇し、2人はその家を出ていき、ラブホテルで一夜を過ごす。
翌日、イッコはキリエを連れて“ナミダメ”こと波田目新平というIT企業に務める中年男性の家に転がり込む。イッコの紹介で音楽関係の仕事をする根岸と会ったキリエは、カフェ店内にも関わらず、根岸の急な歌の要望に応えて熱唱して魅了する。
ある時の路上ライブで、イッコはギャラリーの中にいた男の視線に青ざめた様子を見せると、その夜、スマホをキリエに手渡して姿を消してしまう。
しばらく経った後、キリエは根岸のもとでレコーディングテストを受け、事務所に所属すること進められるが、キリエは失踪したイッコが気がかりだった。
帰宅すると、警察からイッコによる結婚詐欺の被害に遭っていると言われたナミダメが呆然とした様子でキリエに詰問する。
事情を知らないと伝えるキリエだったが、イッコの元彼の自宅に居候していたことを伝えると、激情したナミダメはキリエに襲いかかる。キリエは過呼吸となりながら、記憶の中の姉に助けを求める。
ある日のライブで、キリエは風琴(ふうきん)というギタリストに声をかけられる。風琴は松坂珈琲とも知り合いで、キリエは路上ライブを通して音楽仲間が増えていた。
そんな中、キリエはイッコと知り合いという理由で警察の事情聴取を受ける。その後、警察から連絡を受けた夏彦も、東京にやってきて事情聴取を受ける。
夏彦はルカとの関係を明かす。彼女と離れ離れになってから数年が経った後、里親に引き取られたルカは帯広の高校に通っていた。しかし、里親の家を離れて夏彦の家で生活するようになると、それを問題視した児相の職員によってルカは夏彦のもとを去ることになった。
事情聴取を終えた夏彦とルカは、それ以来の再会となり、夏彦はルカから結婚詐欺の女性がマオリであること、2人が夏彦によって引き合わされたことを知る。
その後、夏彦はルカを守れなかったことを嘆き、キリエの名で活動するルカに希(きりえ)の面影を見出し、「許してくれ」と涙を流す。
(C)2023 Kyrie Film Band
ライブ活動で知名度が上がっていたキリエのもとに、ミュージシャンが集まるようになり、やがてキリエは路上ライブ活動者たちの野外音楽フェスに参加することになる。
そんなある日、キリエの前にイッコが現れる。追われる身のイッコと路上生活するキリエ、互いに家がない2人は電車で眠りにつく。イッコの提案で海に行くことに決めると、2人は海岸まで歩いていく。
砂浜に寝転がると、イッコのリクエストでキリエは2人だけのライブを行う。
キリエの参加する野外音楽フェスが新宿中央公園で開催され、キリエは、イッコから見に行くと連絡を受ける。
そんな中、騒音による通報でやってきた警察官がライブの使用許可証の提示を求めると、取ったはずの許可証が見当たらないハプニングが発生する。ライブの中止を求める警察官が応援を要請して押し寄せる中、キリエは自分の歌を披露する。
その頃、花束を買ってライブ会場へ向かっていたイッコは、彼女の名前を叫ぶ不審な男にナイフで刺されてしまう。男は通りがかったキックボクサーに取り押さえられる。怪我を心配されるイッコだったが、大丈夫と言って去っていく。
ライブ会場では、警察の怒声と観客の熱気の渦の中で、キリエの歌声が響き渡る。
【ネタバレ感想】岩井俊二監督の集大成
『キリエのうた』は、複数の人間における2010年から2023年までの13年間の数奇な運命を描いた映画です。震災孤児となり、歌うことでしか“声”を出せない少女が、なんとか現在まで生き抜いてきた様子を描いた物語。
私が本作を観て第一に思ったのは、新海誠監督の『すずめの戸締まり』に似ているということ。
岩井俊二監督は仙台出身ですが、震災当時、ロサンゼルスに滞在中だったそう。一方、長野出身の新海誠監督は震災当時は東京にいました。直接被災したとは言えない2人の映画監督が、自身の作家性を色濃く感じさせながらも、これまで積み上げてきた作品群の集大成的な内容を、東日本大震災を題材に描いたという点で特にそれを感じたのです。
【ネタバレ解説・考察】『すずめの戸締まり』が伝えたいこと|新海誠の集大成
至るところに岩井俊二監督の関連が
「岩井俊二監督の集大成」と言いましたが、『キリエのうた』は挙げればキリがないほどに、過去作との繋がりが感じられる要素が見つけられます。
『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016)の主演、七海役として教師を演じていた黒木華が本作でも教師役を演じ、Coccoが演じた破天荒な女性・真白は、本作の広瀬すず演じるイッコを彷彿とさせます(語呂も似ている)。黒木華は『花とアリス殺人事件』(2015)でも教師役を演じています。
アイナ・ジ・エンドが制服でバレエを舞うシーンは、『花とアリス』(2004)における蒼井優のバレエとリンクし、キリエとイッコが海を目指して電車に乗り肩を寄せ合う様子は、花とアリスのそのものです。
『Love Letter』(1995)、そのセルフアンサー作品でもある『ラストレター』(2020)における、物語の起点となる藤井樹(役:中山美穂)と遠野未咲(役:広瀬すず)がすでにこの世を去っているように、本作における起点の小塚希(役:アイナ・ジ・エンド)も不在。同様に、3人はそれぞれの役柄を二人一役で演じています。
「音楽映画」として製作した本作で、主題歌とスコアを手掛けた小林武史は、同様に岩井作品の音楽映画である『スワロウテイル』(1996)と『リリイ・シュシュのすべて』(2001)で音楽を担当し、Chara、Salyu、アイナ・ジ・エンドへと通じています。
『ラストレター』で庵野秀明監督(『シン・ゴジラ』脚本・総監督)が出演したかと思えば、『キリエのうた』には樋口真嗣監督(『シン・ゴジラ』監督)が出演しています。
キリスト教のモチーフが印象的な本作は『PiCNiC』(1996)に通じ、監督は一番近いかもしれないと語ります(Esquireのインタビューより)。
北川悦吏子監督の『ハルフウェイ』(2009)で製作や編集を担当した岩井俊二監督(音楽は小林武史)は、北乃きいと仲里依紗の即興会話のために作ったストーリーがイッコのエピソードで、「田舎から上京した子とマネージャーの珍道中」である本作の着想は、『ラストレター』に登場する「未咲」という小説の中の主人公が出会う映画監督の作る映画の内容からきていると明かしています(Numero Tokyoのインタビューより)。同様に、夏彦の仙台から石巻への「フルマラソン」も震災後に書いた話から来ています。
キリがないのでこの辺にしますが、とにかく岩井俊二のフルコースでした!
作家性と映画の作り手として
とはいえ、本作、賛否両論もうなずける内容であることは否定できません。
まず、複数の場所における複数の人物の物語を、特に説明せず場面を切り替える手法は戸惑うと思います。加えて、原作で描かれていた、広瀬すず演じるマオリがイッコになるエピソード(天衣無縫)がまるっと省かれているため、彼女が非現実的で宙に浮いた存在として際立っている印象がありました。
そして初見の人が一番驚くのが東日本大震災の描写。この映画の文脈で東日本大震災が描かれることは、『すずめの戸締まり』以上に様々な意見があると思います。地震の描写が長く描かれることも、やはり観ていて辛い部分は否定できません(原作では夏彦が津波の被害を目の当たりにする、さらにキツい描写もあります)。
リアリティのないキャラクターや物語の中に、リアルの出来事、それも日本中を深い悲しみで覆った出来事を描いているのです。でも、私はそれを踏まえた上でも岩井俊二監督の強い想いが感じられる本作を嫌いにはなれませんでした。
宮城は、監督の前作『ラストレター』の舞台でもあり、福山雅治演じる売れない小説家の乙坂鏡史郎に若き日の監督自身を投影したと明かしています。
「作品をゼロから作ることはない」と語る岩井監督。数々の名作を世に送り出した監督なら、音楽映画として「もっと上手く震災を映す」ことができたと思います。でも、それをしなかった。自らの作家性が露見するような、紛れもなく「岩井俊二の映画」であることを感じせる作品でした。
パンフレットの最後の項目で、岩井監督は「これから映画を作る人たち」に向けたメッセージを残しています。そこでは、日本の映画業界における「ハードルの高さ(権威的であること)」を否定する言葉が書かれています。
若い世代で倍速視聴や短尺動画が進む中、3時間の尺で、編集も分かりづらく、重く苦しい題材で描く震災の物語。結末も投げやりで、何か答えが得られる物語でも歌をバチッと聴かせるカタルシスすら与えません。
でも本作がもし、「ありがちな物語、ありがちな音楽映画の語り口」で描かれていたら、それこそ東日本大震災をテーマにした創作物として何も残らなかったと思います。やっぱり到底嫌いにはなれません。
奇跡のキャスティング
パンフレットで「奇跡のキャスティング」と書かれているように、本作はキャスティングに大きく支えられている部分を感じます。
岩井俊二監督はBiSHとしてのアイナ・ジ・エンドではなく、2021年のポカリスエットのCMソングにもなったA_o(ROTH BART BARONとアイナ・ジ・エンドのユニット)による「BLUE SOULS」が彼女を知ったきっかけだと言います。
演技初心者の彼女が二人一役を演じる難しさは感じたものの、唯一無二の歌唱力が突き抜けています。BiSH時代、ほぼすべての振り付けを彼女自身が担当していたこともあり、その身体的な表現力は、演技初心者とは思えませんでした。
彼女の体をやり過ぎなくらいに映す様子には、監督のフェティッシュと、アイナ・ジ・エンドという新たな“ミューズ”に出会った監督の気持ちが溢れ出ているようでした。
夏彦を演じたアイドルグループ「SixTONES」の松村北斗さんは、間違いなく彼にとってベストアクトと言えるでしょう。医師家庭における事情、思春期の欲望、大学受験、想定外の妊娠、地震と恋人との別れ、複雑な感情を抱えた夏彦というキャラクターの弱さと後悔を見事に演じきっています。
特に本作、夏彦の内面の描写が特に傑出していたように思います。夏彦の揺れる内面を地震となぞらせ、津波が迫る中でも2人の関係を問う希に戸惑い、震災後に「本当は見つからないでくれと思う自分がいる」と吐露する夏彦の正直さと未熟さ。守ると誓ったルカともあっけなく引き離される。久しぶりに再会したルカにキリエの面影を見出して泣き出してしまうなど。
広瀬すずさんは盤石の演技。彼女が演じたマオリは、密かに夏彦への想いを寄せていたことが原作を読むと分かりますが、絶妙なラインでそれを演じています。背景が省かれてしまったものの、彼女の存在感は随一。
彼女の背景が描かれないことには不満が残りますが、ぜひ原作を読んでほしいところ。
そして岩井組常連とも言える黒木華さんの安定感。先に紹介した過去作との繋がりを考えると、教師役としての彼女の違う表情も楽しめます。
そして驚かされたのが、幼少期のルカを演じた子役の矢山花さん。彼女が歌う『異邦人』での夏彦へ向けられる視線は、劇中でも特に鮮烈に印象に残っています。
その他にも、村上虹郎さんの絶妙な配役、大塚愛さんを希と路花の母親にする説得力が良かった。物語の暗さに対して華やか過ぎるキャスティングは浮いている印象がありましたが、岩井監督の実績による信頼感によるものでしょう。
【ネタバレ考察】キリエ・憐れみの讃歌
『キリエのうた』における印象的なモチーフとして挙げられるのが、キリスト教の背景。希(きりえ)と路花(るか)は、呼子(よぶこ)という母のもと、石巻のキリスト教教会で育っています。
それぞれの名前の由来は、旧約聖書の「ヨブ記」、「聖ルカ」の福音書、そして「キリエ・エレイソン」と呼ばれるキリスト教における祈り、主(キリエ)という言葉に通じます。(ちなみに、これは原作でフミがルカのルーツを調べる際に言及しています。)
タイトルとなっている「キリエのうた」とは、劇中でキリエが歌う楽曲「憐れみの讃歌」。路花が希を想って歌った楽曲です。
劇中で繰り返し描かれるキリエの荷物が重いという表現は、彼女が抱える苦しみやトラウマを物語ります。それはキリストが背負う十字架を彷彿とさせ、キリエ(主)の歌声に導かれるように、彼女のもとに人が集まってくるのです。
ルカは津波で傷ついた携帯を、「風の電話」のごとく希(きりえ)との繋がりとして大切にしていました。同様に、姿を消したイッコも、「いなくなったわけではない」と
本作が辛く苦しい物語であることは間違いありません。一方で、劇中で繰り返し歌わるこの楽曲、彼女が路上で歌っていた最初の頃は悲しみが強い印象でしたが、仲間ができて、彼女の歌を様々な楽器がサポートしていくと、まるで別の歌のように印象が変わります。
前奏の行進するようなドラムのリズムが、次第に声が大きくなっていったキリエを象徴するように、少しずつ生命力を宿していくのです。
岩井俊二監督は「NHK東日本大震災プロジェクト」のテーマソングでもある『花は咲く』の作詞者でもあります。監督は『花は咲く』のインタビューにおいて、以下のように話しています。
「亡くなった人とともに生きる。これまで知り合った人、あるいはこれから出会う人に思いをはせ、想像を巡らせる。そうした考えが、『花は咲く』のベースになりました」
「花は咲く」未来へ歌い継がれる|朝日新聞デジタル
岩井俊二監督は歌詞で、「花は 花は 花は咲く」「わたしは何を残しただろう」と書きました。
東日本大震災の津波の後、被災地の片隅で力強く命をつなぐ植物をアーティストの倉科光子氏は「tsunami plants(ツナミ プランツ)」と名付けて描き続けています。
13年間に及ぶ物語で震災後を描いた女性を描いた『キリエのうた』。辛く思い物語でしたが、その結末は、路に咲く花のように、たくましく前を見据えているように思います。彼女の歌声は人々の心に深い感動を残したのです。
「歌って、人の人生を変えたりするものでしょ?」
まとめ:わたしは何を残すのだろう
今回は、岩井俊二監督の『キリエのうた』をご紹介しました。
賛否がはっきり分かれそうな映画だと思いますが、夏彦と同じように震災当時、茨城の受験生だった自分にとってはいろんな感情が込み上げて、並々ならぬ気持ちで見届けました。
新宿のビル群を墓地に見立てて死者たちに安息を祈るレクイエム。津波の後でも花は咲く。わたしは何を残せるだろうか。
エンドロールで描かれるキリエの姿は、原作のエピローグの話で描かれるシャワー付きのネットカフェでの一場面です。イッコの背景と合わせて、ぜひ、原作も読んでみてください。
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