今回ご紹介する映画は『すばらしき世界』です。
『ゆれる』『ディア・ドクター』の西川美和監督が、13年の刑期を終え出所した元殺人犯の男を描いたドラマ。
本記事では、ネタバレありで『すばらしき世界』を観た感想・考察、あらすじを解説。
ひとりの人間を通じて社会をみる、誰にとっても他人事ではない物語になっていました。
『すばらしき世界』作品情報・配信・予告・評価
『すばらしき世界』
5段階評価
ストーリー :
キャラクター:
映像・音楽 :
エンタメ度 :
あらすじ
出所した元殺人犯・三上は、保護司の庄司夫妻に支えられながら自立を目指していた。そんなある日、テレビディレクターとプロデューサーがとある内容で、彼にテレビ番組のオファーを持ちかける。それは、社会に適応しようともがく三上を捉えるというもので……。
作品情報
タイトル | すばらしき世界 |
原案 | 佐木隆三『身分帳』 |
監督 | 西川美和 |
脚本 | 西川美和 |
出演 | 役所広司 仲野太賀 六角精児 北村有起哉 白竜 キムラ緑子 長澤まさみ 安田成美 梶芽衣子 橋爪功 |
音楽 | 林正樹 |
撮影 | 笠松則通 |
編集 | 宮島竜治 |
製作国 | 日本 |
製作年 | 2021年 |
上映時間 | 126分 |
予告編
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配信サイト | 配信状況 |
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おすすめポイント
この不寛容な社会に生きる希望はあるのか。
西川美和監督&役所広司主演、13年の刑期を終え出所した元殺人犯の男の苦労と社会を描く。
役所広司さん演じる元殺人犯・三上の出所後の暮らしにフォーカスした本作、特に印象的だったのが「両面性」の描き方。
すぐにカッとなり暴力をふるってしまう一方で、優しさもある三上。そんな彼を“反社”だと彼を突き放す人もいれば手を差し伸べる人もいる。
あらゆる場面で「両面性」が描かれますが、それは紛れもなく私たちが暮らす社会そのもの。
この世界は、一度レールから外れてしまった人が普通の暮らしをするには難しすぎる。だから誰もがレールから外れまいと必死に自分の足元だけをみて、他人に手を差し伸べることはしない。
障害者、外国人労働者、生活保護など、出所後の三上に押し寄せるさまざまな社会の側面。
あらゆることにおいて生きづらさを抱える人々が存在し、それに対して社会はあまりにも不寛容。そんな世界であなたはどう生きるのか。西川美和監督からのメッセージを感じました。
『すばらしき世界』監督・スタッフ・原案
監督:西川美和
名前 | 西川 美和(にしかわ みわ) |
生年月日 | 1974年7月8日 |
出身 | 日本・広島県 |
是枝裕和監督に見出されて、その後、是枝監督と共に映像制作集団「分福」を立ち上げた西川美和監督。
前作『永い言い訳』から5年ぶりとなる本作は、これまでのシニカルな社会の描き方は変わらずも、表現的なこれまでの作品とは異なり、現代社会にメッセージを問いかけるような作品となっています。
これまで自身によるオリジナル作品を撮ってきた西川監督が、本作は初めて小説をもとにした作品のメガホンを取った注目作。本作の制作過程を綴ったエッセイも合わせてチェックをおすすめします。
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原案:佐木隆三『身分帳』
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原案は、佐木隆三が1990年に講談社より刊行した小説。
人生の大半を獄中で暮らした男には、戸籍がなかった。出所して改めて日常社会と向かい合い、純粋な魂の持ち主であるこの人物はどう生きたか。
彼に代ってその数奇な“身分帳’'(刑務所内の個人記録)を精緻に構成して、鮮烈な文学作品に結実させた労作。本作の公開にあたって、絶版状態だった小説が復刻されました。
『すばらしき世界』のキャスト・キャラクター解説
キャラクター | 役名/キャスト/役柄 |
---|---|
三上正夫(役所広司) 人生の大半を刑務所で過ごした元殺人犯。 | |
津乃田龍太郎(仲野太賀) TVディレクター。 | |
庄司勉(橋爪功) 弁護士・三上の身元引受人。 | |
庄司敦子(梶芽衣子) 庄司勉の妻。 | |
松本良介(六角精児) スーパーの店長。 | |
井口久俊(北村有起哉) ケースワーカー。 | |
下稲葉明雅(白竜) 下稲葉組・組長。 | |
下稲葉マス子(キムラ緑子) 明雅の妻。 | |
吉澤遥(長澤まさみ) TVプロデューサー。 | |
西尾久美子(安田成美) 三上の元妻。 |
ネタバレあり
以下では、映画の結末に関するネタバレに触れています。注意の上、お読みください。
【ネタバレ解説】『すばらしき世界』あらすじ・ラスト
(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
映画は、13年の刑期を終えた受刑者、三上正夫(役所広司)が冬の旭川刑務所から出所し、東京へ向かうところから始まる。身元引受人である弁護士・庄司勉(橋爪功)とその妻・敦子(梶芽衣子)に迎えられた三上は、人生をやり直す決意を固める。
その頃、元TVディレクターの津乃田龍太郎(仲野太賀)は、TVプロデューサー・吉澤遥(長澤まさみ)から人探し番組の取材を依頼されていた。吉澤は、生き別れた母を探してほしいという三上からの依頼をきっかけに、前科者である三上の更生と母親との感動的な再会を演出しようと思い描いていた。
津乃田は三上の過去を知り恐怖を感じるが、生活に苦しんでいたため依頼を受け入れる。津乃田は受刑者の情報が記載された「身分帳」を調査し、三上の壮絶な経歴を知るが、実際に会った三上が犯罪歴のイメージとは裏腹の人間味ある様子に驚く。
三上は生活苦と体の調子を考えて生活保護を申請するが、職業訓練で得た技能を活かして働くことを決意する。ケースワーカーの井口久俊(北村有起哉)が協力してくれるが、前科者としての職探しは困難だった。また、免許証の再取得にも苦労し、教習所での失敗も重なる。
そんな中、三上はスーパーマーケットで万引きの誤解をされるが、誤解を謝罪した店長の松本良介(六角精児)と友情を築く。松本は免許を再取得できたら、三上に仕事を紹介すると約束する。
ある夜、三上は津乃田と吉澤に焼肉屋に誘われる。三上は自分が校正する様子が放送されることで母親を見つける手がかりになると吉澤に説得され、取材を受け続けることを決める。
その帰り道、三上は2人組のチンピラに絡まれた中年男性を見つけると、彼を助けてチンピラを叩きのめす。津乃田と吉澤は後をつけてその様子をカメラに収めていたが、三上の過激な行動に怖気付いた津乃田はカメラを持ってその場を逃げ出しいく。吉澤は津乃田の取材者としての中途半端さに激怒して去っていく。
その後、三上はかつて世話になった下稲葉組の組長、下稲葉明雅(白竜)を頼るが、彼の組は暴対法によって弱体化していた。三上は社会で生きていくことの大変さを痛感しながらも、改めて再起を決意する。
津乃田から養護施設を紹介された三上は、施設を訪れる。施設の子供たちとの交流を通じ、津乃田は三上の人生を文章にすることを決意する。
三上は老人介護施設で働き始め、介護士の阿部(田村健太郎)と親しくなる。しかし、職場内で阿部へのいじめを目の当たりにすると、三上は怒りが込み上げるが、なんとか思い留まる。三上は阿部からコスモスの花を受け取る。
その後、元妻・久美子(安田成美)からの連絡で、三上は娘の存在を知る。三上は娘と会う機会を約束され、幸せな気持ちで帰宅するが、三上の身体はすでに病魔に冒されていた。
翌日になり、津乃田は彼のアパートに駆けつけると、その場は警察が現場検証をしており、三上は阿部からもらったコスモスを握りしめたまま、この世を去っていることが明かされる。
【ネタバレ感想】この世界の“温かさ”と“生きづらさ”
(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
殺人を犯し、人生の大半を刑務所で過ごした三上という男が、出所して社会に復帰するも、不寛容な社会の生きづらさと対面していくというストーリー。
同じ時期に公開された藤井道人監督の『ヤクザと家族』と似たプロットになっています。
描くテーマは同じでも、『ヤクザと家族』がひとりの男の生涯を3つのパートに分けて映したのに対し、本作『すばらしき世界』はひとりの男の出所後の生きづらさにフォーカスして描いていました。
描き方は全然違いますが、どっちの作品も素晴しいのでぜひ合わせて観て欲しいですね!
『すばらしき世界』が面白いのは、不寛容な社会の生きづらさだけを描くのではなく、そこに人間のつながりの温かさも描いているところ。
この両面性は、至るところで感じられるんですよね。
特に三上はそれが顕著で、殺人を犯したという事実や、瞬間湯沸かし器と言われるような、カッとして力で解決しようとしてしまうところだけではなく、彼の優しさや誠実さも映されます。
TVディレクターの津乃田も、三上が見せた凶暴性を前に逃げ出してしまうも、カメラを捨ててちゃんと向き合うことを決めたり。
この津乃田という人物を通して、観客は三上と、そして三上が生きる社会を観ていくことになるのです。
その他にも、反社とは保護は下りないと突き放そうとするも積極的に関わっていくケースワーカーや、万引きを疑ってしまうも、誤って意気投合していくスーパーの店長など。
また、色味としても変化していましたね。冒頭のシーンでは、鉄格子越しに映される閉塞的な映像と、一面が雪で真っ白な色の抑えた世界。
それが次第に、少しずつ色が加わっていき、ラストにはコスモスの花を握る手で締めくくられていました。
そして、両面性の極めつけは、タイトル『すばらしき世界』ですよね。
【ネタバレ考察】 “すばらしき世界”に生きる私たち
(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
『すばらしき世界』というタイトルに込められた両面性について考えていきます。
「こんな社会じゃダメだよ」
口で言うのは簡単です。この社会はリスタートする人にとってあまりに不寛容です。一度社会のレールから外れてしまうと“普通”の暮らしをすることができなくなってしまうような生きづらい世の中。
だから人々は、「自分はレールから外れまい」と内向きになり、他人が落ちても手を差し伸べることもなく、レールから外れたものは置いていかれてしまうのです。
レールから外れた人は、そんな社会に嫌気が差し、ますます孤立していきます。
『すばらしき世界』では、三上という男に焦点を当てていますが、彼が生きづらさを感じる社会は、紛れもなく私たちの暮らす社会なんです。
三上の就職先でのシーンはあまりにも辛い。彼のように力で解決しようとするのは極端ですが、彼がそうなってしまったのにも環境を感じさせます。
理不尽なことも周りに合わせて我慢することが社会で生きることなのでしょうか。
そんな社会でも、「つながり」を持つことが大切だと語られます。三上は、身元引受人やケースワーカー、スーパーの店長といった優しい人々と出会うことができました。
生きづらさを抱えるのは三上だけではありません。
例えば、三上が「うるさい」と注意した下の階に住む人たち。彼らは東南アジア辺りからの外国人労働者のようでした。
さらに、三上の就職先の障がいのあるアルバイトスタッフも。もっと広げて考えると、あらゆることにおいて生きづらさを抱える人が存在し、それに対して社会はあまりにも不寛容になっていっています。
本作を観たからと言ってすぐにでも社会が変わるわけでもなければ、私たち一人ひとりが何かをできるわけでもありません。
しかし、「すばらしい世界」を生きる一員として、意識を変えるきっかけになる作品でした。
そして思うのです。劇中で効果的にインサートされる美しい空や街の様子。卵かけご飯を食べる、洗濯をしてゴミを出す、人と挨拶を交わす。
この、“ありふれた日常”こそ、「すばらしい世界」なのかもしれません。私たちは同じ空の下で、どうして勝ち負けを争ったり、誰かを蹴落として生きるのでしょうかね。
まとめ:この世界は生きづらく、あたたかい
今回は、西川美和監督の『すばらしき世界』をご紹介しました。
「この世界は生きづらく、あたたかい」
誰もが他人事ではない、社会の一員として考えさせられる映画でした。長澤まさみさん演じるプロデューサーの吉澤の立ち位置が、少ししか登場しないものの強烈に刺さります。
当初の津乃田は、暴力に走る三上を映すこともできなければ、止めることもできませんでした。その中途半端さが、吉澤から「あんたみたいなのが一番なにも救わない」と言われてしまいます。
この言葉はメディアだけじゃなく、私たちひとりひとりに向けられているようで辛いのです。「すばらしき世界」にするために、私になにができるだろうか。
役所広司さん、仲野太賀さんを始めとした役者陣のすばらしい演技が織りなす骨太な人間ドラマでした。