1970年代から80年代にかけて日本を席巻した女子プロレスブーム。
その立役者の一人であるのが、極悪非道の悪役・ヒールを貫いたダンプ松本です。生来の優しさから「悪役には向いていない」と言われた一人の少女・松本香は、いかにして「日本で一番殺したい人間」と言われるまでのヒールへと変貌したのか。
Netflixオリジナルドラマ『極悪女王』は、そんなダンプ松本を中心に、1980年代の女子プロレスの歴史をドラマチックに描いた作品です。
本記事では、ドラマ『極悪女王』のキャストを相関図を含めて解説し、実話の出来事と比較して物語を解説していきます。
Netflixの日本制作ドラマの中でも、トップを争う面白さの作品が爆誕しました!
『極悪女王』作品情報・予告・評価
友情・愛憎・葛藤・青春・反逆、すべてが凝縮された濃厚なドラマ。
「プロレスとは何か」
プロレスに魅せられた少女たちそれぞれが思い悩み、自分のやり方でスターとして輝こうとする。心優しい少女はなぜ日本中から嫌われるヒールとなったのか。
苦楽をともにした者たちの青春愛憎劇を超えて、会社に利用され翻弄される者たちが反逆のドロップキックをかます姿は、今を生きる人々にも突き刺さるものがたくさんります。
相関図で解説『極悪女王』キャストと登場人物
松本香(ダンプ松本):ゆりやんレトリィバァ
名前 | ゆりやんレトリィバァ |
生年月日 | 1990年11月1日 |
出身 | 奈良県・吉野郡吉野町 |
出演作 | 『カリスマヨガインストラクターMIKAKOの持続不可能な恋ですが』 |
SNS |
『極悪女王』の主演・ダンプ松本こと松本香を演じたのは、ゆりやんレトリィバァ。
ゆりやんと言えば、アメリカの人気オーディション番組「America's Got Talent(アメリカズ・ゴット・タレント)」で会場を大いに沸かせたことも記憶に新しいと思います。
実は2024年の年末にはロサンゼルスに引っ越す予定で、アメリカを拠点に活動するとのこと。ますます活動の幅を広げていくことが期待できます。本作では、ネタで披露した星条旗の水着ではなく、空前の女子プロレスブームを牽引した「最恐のヒール」ダンプ松本役を演じています。
長与千種:唐田えりか
名前 | 唐田 えりか(からた えりか) |
生年月日 | 1997年9月19日 |
出身 | 千葉県・君津市 |
出演作 | 『寝ても覚めても』 TVドラマ『凪のお暇』 |
SNS |
ダンプ松本と愛憎劇を繰り広げることになる長与千種を演じたのは、唐田えりか。
プロデューサーの鈴木おさむの初監督映画『ラブ×ドック』にも出演しており、今や日本を代表する映画監督のひとりとなっている濱口竜介監督の2018年の映画『寝ても覚めても』で主演の東出昌大の恋人役を演じて話題となりましたが、それ以上に東出昌大との関係で注目されてしまいました。
それはさておき、本作での彼女の演技は素晴らしいです。香と同じく恵まれない家庭環境からプロレスに魅了され、親友となり、長い因縁の相手となるまでを見事に演じています。
Netflixは『地面師たち』のピエール瀧のように、才能のある俳優が再起のチャンスを掴む場所になっているような印象もあるので、本作での彼女の演技がどれほど多くの人の心を動かすことができたのか、正当な評価がされて今後の活躍につながることを期待したいです。
北村智子(ライオネス飛鳥):剛力彩芽
名前 | 剛力 彩芽(ごうりき あやめ) |
生年月日 | 1992年8月27日 |
出身 | 神奈川県・横浜市 |
出演作 | TVドラマ『ビブリア古書堂の事件手帖』 『黒執事』 |
SNS |
長与千種と「クラッシュ・ギャルズ」を組み、高い運動能力を持つライオネス飛鳥を演じたのは、剛力彩芽。
唐田えりか同様に、主演のゆりやんにも負けず劣らずの印象を残しています。彼女はこれまでのキャリアで代表的な作品がない印象がありますが、本作は間違いなく代表作のひとつになったと言えるでしょう。
撮影の半年前からトレーニングと体作りが始め、体重を10キロ増量して撮影に臨んだとのことで、ドロップキックやジャイアントスイングなど、映像的にも見ごたえのあるアクションを立派にやり切っていました。
松本里子:仙道敦子
松本里子は、主人公・松本香の母親。夫・五郎が抱える借金により、家族は経済的困窮に喘いでいる。五郎が外で不倫して子供を持っていたことを知るも、離婚はできないでいる。
名前 | 仙道 敦子(せんどう のぶこ) |
生年月日 | 1969年9月28日 |
出身 | 愛知県・名古屋市 |
出演作 | TVドラマ『セーラー服反逆同盟』 TVドラマ『この世界の片隅に』 |
事務所 | 研音公式サイト |
阿部四郎:音尾琢真
阿部四郎は、全日女子プロレスの興行のプロモーター兼レフェリー。
松永国松:黒田大輔
松永国松は、全日女子プロレスを経営する松永家の四男。レフェリーも努めている。
松永俊国:斎藤工
松永俊国は、全日女子プロレスを経営する松永家の五男。
名前 | 斎藤工(さいとう たくみ) |
生年月日 | 1981年8月22日 |
出身 | 東京都・港区 |
出演作 | TVドラマ『昼顔』 『シン・ウルトラマン』 |
SNS |
松永高司:村上淳
松永高司は、全日女子プロレスを経営する松永家の三男で社長。興行時には焼きそばを作ることで知られている。
名前 | 村上淳(むらかみ じゅん) |
生年月日 | 1973年7月23日 |
出身 | 大阪府 |
出演作 | 『ナビィの恋』 『新宿スワン』 『島守の塔』 |
SNS |
以下では、『極悪女王』のエピソードを通じて、実際の全日本女子プロレスでの出来事を照らし合わせていきます。
ネタバレあり
以下では、ドラマ『極悪女王』の結末に関するネタバレに触れています。注意の上、お読みください。
ダンプ松本(松本香)の生い立ちと家族との関係
東スポWEB
ダンプ松本氏の文春オンラインのインタビューを見ると、ドラマで描かれていた彼女の生い立ちが、かなりリアルに再現されていることが伝わります。
風呂無し共同トイレで、4畳半一間のアパートに家族4人で住んでおり、父親は全く仕事をせず、母親が工場でパートをしながら、座布団や掛け布団の綿をつめる内職をして必死に家計を支えていました。
父親の実家はそこそこ裕福な農家でしたが、甘やかされて育ったためか、親の金で車を乗り回し、結婚・出産後も酒と女とギャンブル三昧だったようです。
香がまだ5、6歳の頃、父が愛人と川崎に住んでいることを聞きつけて、母と香、妹の3人で愛人の家に行き、父が愛人との間に「香」という子供を儲けていたことを知ります。当時の香は親戚の家に遊びに行っているのだと思っていましたが、高校卒業した後になってから、自分と同じ「香」という腹違いの妹がいることを知ることになりました。
母親は夫・五郎の放蕩ぶりに我慢強く耐えていました。ダンプは母が日記に「五郎死ね」という文字を繰り返し強い筆圧で書き記していたのを目撃し、彼女の当時の心情を察しています。
プロレスラーとして生計を立てることができるようになった後は、母親のために一戸建てをプレゼントし、そこに父も一緒に住んでいました。ダンプがプロレス界で活躍していく一方で、父親・五郎は次第に体を弱くし、認知症になります。
ダンプ自身も「死んでしまえばいい」と思うほど、父親への憎しみは強くあり、結果的に約45年間会話することがなかったと明かしています。しかし、五郎の晩年には入院する病院へ行き、会話もしました。彼女が五郎の手を握ると、五郎は涙を流したといいます。そして、2019年に五郎は87歳で亡くなりました。
一方で、2024年の現在、92歳となるダンプ松本の母・里子さんは、ダンプ松本氏の公式ブログで元気な姿を見せています。
松本香・長与千種・北村智子ら「花の昭和55年組」
『極悪女王』の第1話では、主人公の松本香、長与千種、北村智子の3人が、全日女子プロレスへと入団する様子が描かれます。後に80年代の日本中を熱狂の渦に巻き込むことになる3人は、奇しくも昭和55年(1980年)入団の同期生でした。
もともと「55年組」の同期は12人いました(その他に大森ゆかりや本庄ゆかりなど)。Numberのインタビューによると、ドラマで描かれているように、北村(ライオネス飛鳥)はエリートで、同期の中でも先を行く存在だったそう。
一方で、落ちこぼれだった香と千種は、巡業に連れて行ってもらえず、練習をサボってディスコに行っていました。香と千種の家庭環境は劣悪で、それぞれ父親が多額の借金を背負っていたことで多くの苦労を経験しています。
そんな香と千種は、1980年8月にかつて田園調布にあった田園コロシアムでデビュー戦を迎えます。しかし、これといった個性がなかったことで、全く注目もされず、デビューから2年ほどの間、2人は先輩たちからのイジメの標的となっていました。
さらに、女子プロレスには「男・酒・タバコ」を禁じる三禁が存在し、その過酷な環境から辞めていく人も多くいました。
長与千種とライオネス飛鳥の「クラッシュ・ギャルズ」結成
引用元:週刊プロレス編集部
ドラマの第2話では、女子プロレスのひとつの時代の変化の時期を映しています。
香・千種・飛鳥らが憧れていたビューティ・ペアが「敗者引退マッチ」によってマキ上田が引退して終止符が打たれると、残ったジャッキー佐藤は、1981年にジャガー横田(当時は横田利美)との王座戦で敗北し、その後、間もなく引退します。
ジャッキー佐藤引退後は、ジャガー横田を中心にした「ダイナミックジャガーズ(ベビーフェイス)」とデビル雅美率いる「デビル軍団(ヒール)」の対立図式となり、親友だった香と千種の関係も変化せざるを得なくなっていきます。
香やクレーン・ユウ(本庄ゆかり)は、体の大きさから「デビル軍団」の構成員となりますが、香は生来の人の良さが邪魔をして、悪役に徹しきれませんでした。
一方で、千種もデビュー以来、先輩レスラーとの軋轢や自分が望むような活躍ができないことに悩んでいました。そんな中で、香よりも一足先に花を咲かせることになります。
引退を頭に浮かべていた千種は「どうせ辞めるのならやりたいことをやって辞めよう」という考えのもと、北村智子から「ライオネス飛鳥」として一足先にデビューし、同じような悩みを抱えていた飛鳥と意気投合し、1984年8月にタッグチーム「クラッシュ・ギャルズ」を結成します。名前の由来は、当時男子プロレス界を賑わせていた前田日明が「クラッシャー」というあだ名されていたことに受けています。
クラッシュ・ギャルズは、殴る・蹴るの打撃技など、男子プロレスのエッセンスを取り入れたファイトスタイルで女子プロレスの新たな道を切り開くと、入場時にはリング上で歌を披露したり、若い女性ファンの人気を獲得し、ビューティ・ペア以来の大ブームを作り出すことになります。
「松本香」から「ダンプ松本」へ、そして「極悪同盟」の結成
デビル軍団に所属していた香でしたが、ヒールになり切れない中途半端な状態が続き、さらにデビル雅美がベビーフェイスに転向を決めたことで、デビル軍団は事実上の解散の危機に陥っていました。
クラッシュ・ギャルズとダイナマイト・ギャルズ(大森ゆかりとジャンボ堀)はどちらもベビーフェイスであったため、香はクラッシュに対抗するには徹底してヒールになるしかないと考えます。それができなければ引退も辞さない覚悟で、香はリングネームを「松本香」から「ダンプ松本」へ変更します。
会社に無断で髪を金髪に染め上げ、当時日本公演を終えたばかりだったアメリカの伝説的ロックバンドKISSをモチーフにした毒々しいメイクを施し、革ジャンを身にまとい、腕にはチェーンを巻いて現れます。
覚悟を決めたからには、日本中から嫌われる最高のヒールになるしかない。そして1983年、ダンプはクレーン・ユウとともに「極悪同盟」を結成します。ダンプは悪役としての強烈なパフォーマンスを行い、容赦のない凶器攻撃やルール無視など過激なスタイルで観客を圧倒し、「正義(クラッシュ・ギャルズ)」対「悪(極悪同盟)」という構図で多くの観客を熱狂させていきます。
敗者髪切りデスマッチ
1984年7月には、フジテレビが「全日本女子プロレス中継」を5年ぶりにゴールデンタイムで放送開始。
クラッシュ・ギャルズと極悪同盟の抗争は激化し、1985年8月に大阪城ホールで行われた長与千種vsダンプ松本の戦いに発展します。会見ではダンプが丸裸になったニワトリを持参し、「お前はチキンだ」と言い放ちました。
大阪城ホールは1万1000人の満員となり、異様な熱狂に包まれていました。
長与は紋付袴を身に着けて登場し、ハサミを手に掲げてダンプの髪を切る意志を見せます。一方、ダンプはお馴染みの衣装で登場しますが、実は隣にいた覆面マネージャーがダンプ本人であり、ダンプの格好をしていたのは影武者の影かほるでした。
替え玉作戦で長与への奇襲を仕掛けると、長与は防戦一方となり、ダンプは凶器攻撃で追い詰めていきます。次第に長与が大流血すると、セコンドのジミー加山はタオルを投入しますが、長与は投げ返して続行の意志を主張。しかし、最後には強烈な椅子による殴打を食らい、試合時間11分4秒、10カウントによるノックアウトとなりました。
試合後、長与はリング中央に置かれた椅子に押さえつけられ、髪の毛を丸坊主にさせられました。その様子はまさしく「公開処刑」となり、ファンは阿鼻叫喚し、失神する者もいたのだとか。ファンの怒りはダンプに向けられ、会場の外では極悪同盟が乗るバスをファンが包囲する事態にまで発展しました。
その1年後の1986年11月7日、同じく大阪城ホールでダンプvs長与の髪切りデスマッチの再戦が行われます。
ダンプは1年前の惨劇を繰り返すため、今回も額にフォークを突き立てたり、一斗缶による殴打など、凶器攻撃で長与を追い詰めてきます。しかし、長与が驚異的な根性を見せてダンプを下しました。
試合後、ダンプは覚悟を決めたようにリング中央の椅子に座り、腕を組んで堂々と髪を丸刈りにされました。
ダンプ松本の引退試合
引用元:週刊プロレス編集部
ドラマ最終話の第5話の終盤では、ダンプ松本の引退試合の様子が描かれています。
ダンプ松本の引退試合は、1988年2月25日、神奈川県川崎市体育館で行われました。この日は同期の大森ゆかりも同じく引退試合となり、ダンプと大森はタッグを組み、クラッシュ・ギャルズの2人を相手に対戦します。
ダンプは引退試合でもヒールを貫き、敵味方関係なく凶器攻撃を繰り返し、結果的に4人全員が流血する乱闘となり、無効試合で終わります。
しかしこれで試合は終わらず、ダンプはマイクで長与の名前を呼び、それに呼応するように長与が「私たちにしかできないプロレスを見せてやると!」叫びます。対して、大森も飛鳥を立たせて一緒に組み、「ダンプ&長与」vs「飛鳥&大森」による5分間のエキシビションマッチが急きょ執り行われることになります。
長与とダンプは遺恨を清算するように合体技を披露し、試合後にはダンプと長与は抱擁し、超満員の観客を賑わせました。ダンプと大森は、クラッシュ・ギャルズの2人から花束を贈呈され、キャリアを引退しました。
特設サイトのデジタルパンフレットも必見
Netflixの公式が力の入った特設サイトを作成しています。白石和彌監督や鈴木おさむプロデューサー、キャストのインタビューも収録しているデジタルパンフレットを読むことができるので、ぜひチェックしてみて下さい。
参考サイト・参考文献など
ダンプ松本『ザ・ヒール』 ~極悪と呼ばれて~ 平塚 雅人 Amazonで探す |
1985年のクラッシュ・ギャルズ 柳澤 健 Amazonで探す |