今回ご紹介する映画は『ザ・ホエール』です。
体重600ポンド(約270キロ)の父親が、疎遠になっていた娘との絆を取り戻そうとする物語。
ダーレン・アロノフスキー監督による作品で、第95回アカデミー賞ではメイクアップ&ヘアスタイリング賞、ブレンダン・フレイザーが主演男優賞の2部門で受賞しました。
アカデミー賞受賞作品の話題作。ほぼ部屋の中で繰り広げられるドラマとキャストの演技含めて素晴らしい映画でした!
映画『ザ・ホエール』の作品情報とあらすじ
『ザ・ホエール』
5段階評価
ストーリー :
キャラクター:
映像・音楽 :
エンタメ度 :
あらすじ
健康を損ない、死期が迫るチャーリーは、家庭を捨ててから疎遠になっていた娘エリーに接触する。
作品情報
タイトル | ザ・ホエール |
原題 | The Whale |
監督 | ダーレン・アロノフスキー |
脚本 | サム・D・ハンター |
出演 | ブレンダン・フレイザー セイディー・シンク ホン・チャウ サマンサ・モートン タイ・シンプキンス |
音楽 | ロブ・シモンセン |
撮影 | マシュー・リバティーク |
編集 | アンドリュー・ワイスブラム |
製作国 | アメリカ |
製作年 | 2022年 |
上映時間 | 117年 |
予告編
↓クリックでYouTube が開きます↓
配信サイトで視聴する
おすすめポイント
矛盾に満ちた人生をどう生きるか。
ダーレン・アロノフスキー監督&ブレンダン・フレイザー主演、体重272キロの孤独な中年男が娘との絆を取り戻そうとする様子を描く物語。
映画は暗く、狭い画角で閉塞感に満ちていて、孤独な男性の内面と彼の周囲の人々との複雑な関係を深く掘り下げて描いています。
過去のトラウマと闘いながらも壊れかけた父娘関係を修復しようとする過程は、人間の弱さと強さ、愛と許しについての深い余韻を残します。
『ザ・ホエール』のスタッフ・キャスト
監督:ダーレン・アロノフスキー
映画『ザ・ホエール』の監督はダーレン・アロノフスキー。
ダーレン・アロノフスキー監督作品の主演キャストは、過酷な役柄を演じることで有名でもあります。(『レスラー』のミッキー・ロークや『ブラック・スワン』のナタリー・ポートマン、『マザー!』のジェニファー・ローレンスなど)
主な監督作
- 『π』(1998)
- 『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000)
- 『レスラー』(2008)
- 『ブラック・スワン』(2010)
- 『マザー!』(2017)
ブレンダン・フレイザー
主演チャーリー役は、ブレンダン・フレイザー。
本作の演技で第95回アカデミー賞にて主演男優賞を受賞。メイクアップ&ヘアスタイリング賞も受賞しており、一回のメイクに4時間を費やし、それを撮影期間の約40日間ずっと毎日行っていたとのこと。
言わずもがなブレンダン・フレイザーの演技はすごかった…!
セイディー・シンク
チャーリーの娘エリー役は、セイディー・シンク。
Netflixの大人気ドラマ『ストレンジャー・シングス』シリーズのマックス役で話題となりました。
あらゆる方面に怒りを撒き散らす難しい役柄ですが素晴らしかったです。
主な出演作
- 『ストレンジャー・シングス』シリーズ
ホン・チャウ
チャーリーをサポートするリズ役にはホン・チャウ。
『ザ・メニュー』では、レイフ・ファインズ演じる鬼オーナーシェフの部下で不気味な案内役を好演したり、HBOドラマ『ウォッチメン』では、謎の大富豪レディ・トリュー役を演じています。
本作での彼女の演技も素晴らしかった…!
主な出演作
- 『ザ・メニュー』(2022)
- HBOドラマ『ウォッチメン』
タイ・シンプキンス
宣教師としてチャーリーの部屋を訪れるトーマス役はタイ・シンプキンス。
MCU『アイアンマン3』では、トニー・スタークを手助けする少年として、そして『ジュラシック・ワールド』では、恐竜好きのパーク管理者クレアの甥っ子としてメインキャラクターの一人を演じています。
本作では、幼さの残る無垢な表情と信仰心からくる感情がすごく良かったです!
主な出演作
- 『宇宙戦争』(2005)
- 『アイアンマン3』(2013)
- 『ジュラシック・ワールド』(2015)
- 『ナイスガイズ!』(2016)
- 『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)
サマンサ・モートン
チャーリーの元妻メアリー役には、サマンサ・モートン。
ウディ・アレン監督『ギター弾きの恋』、ジム・シェリダン監督の『イン・アメリカ/三つの小さな願いごと』で、それぞれアカデミー賞助演女優賞、主演女優賞にノミネートされた実力ある俳優です。
本作では、出演時間としてはわずかですが、母親としての存在感がすごく印象的でした。
主な出演作
- 『ギター弾きの恋』(1999)
- 『イン・アメリカ/三つの小さな願いごと』(2003)
- ドラマ『ウォーキング・デッド』シリーズ(シーズン9-10)
ネタバレあり
以下では、映画の結末に関するネタバレに触れています。注意の上、お読みください。
【ネタバレ】『ザ・ホエール』のあらすじ
劇中のほとんどの場面が、主人公チャーリーの暮らす部屋の中のやり取りで進みます。主要な登場人物も片手で数えられるほどで、会話が中心の作品。
ダーレン・アロノフスキー演じる主人公のチャーリーが、疎遠になっていた家族と折り合いをつけるまでの最期の一週間を描いた物語。
物語のあらすじを振り返っていきます。
チャーリー
アイオワ州のある一室。オンラインで文学教師をしているチャーリーは、体重600ポンド(約272Kg)の男性。ビデオ会議で授業を行うも、「カメラが壊れている」と、生徒たちに自分の顔を見せることはしない。
チャーリーが唯一、コミュニケーションを取るのは看護師のリズだけだった。彼女はチャーリーに食事を届けたり、身の回りのサポートをするだけではなく、心を許す友人でもあった。リズはチャーリーに病院へ行くよう訴えるも、医療費が払えないと言って断られてしまう。
ニューライフ教会に所属する宣教師のトーマスがチャーリーの部屋を訪れる。
苦しそうにしているチャーリーを心配して、「救急車を呼ぼうか」と声をかけるトーマスに対し、チャーリーは紙を渡し、そこに書かれている「エッセイを読んでほしい」と頼む。トーマスがその文章を読むと、チャーリーは安静になるのだった。
アランの死
それをきっかけにして、トーマスは繰り返しチャーリーの部屋を訪れるようになる。しかし、リズは彼を快く思っていない。彼女はニューライフ教会の牧師長の養女だった。リズはトーマスに、チャーリーのかつてのパートナーであり、リズの弟であるアランの存在を明かす。
アランは、トーマスと同じようにニューライフ教会の宣教師として活動していた。彼は父親に教会員との結婚を勝手に決められてしまうが、チャーリーと恋に落ちたことで教会と家族から追い出されてしまう。
アランは宗教上の禁忌を破ったことで苛まれ、それを振り払うことができずに苦しみ、次第にやつれていき、終いには自殺したのだという。
しかし、トーマスはリズからその話を聞くも、チャーリーを救いたいという使命を信じていた。
エリー
死を身近に感じているチャーリーは、疎遠になっていた娘エリーとの再会を望んでいた。母親に秘密にするという条件で、自分の貯金を差し出すことでエリーを呼び出し、2人は8年ぶりに再会する。
エリーは高校を退学になりかけていた。チャーリーはエリーに、自分宛てのエッセイを書いてくれるなら、彼女の代わりに学校の課題をゴーストライティングすると持ちかける。
エリーは自分を見捨てたチャーリーを恨んでいた。エリーはチャーリーに睡眠薬を盛って眠らせ、その間に部屋を訪れたトーマスと接触する。エリーはトーマスに大麻を吸わせ、彼の内情を問い詰めていく。
すると、トーマスは教会の青年団からお金を盗み、家出していることを打ち明けるのだった。エリーはそれを録音していた。
メアリー
チャーリーの元妻であり、エリーの母親であるメアリーがリズに連れられてやってくる。
チャーリーが貯金をエリーに渡すことを知ったリズは、金銭的余裕があったにもかかわらず「病院に行けない」とウソをついていたことにショックを受け、部屋を飛び出していく。
メアリーとチャーリーは、かつての結婚生活を振り返っていた。チャーリーは家族を捨ててアランとの生活を選んだ。チャーリーは謝ることしかできず、それでもエリーに会いたかったという想いを伝える。
メアリーはエリーを「evil(邪悪)」と表現し、彼女がチャーリーの姿をFacebook上にアップしたり、彼女が行っていることの手に負えない様子をチャーリーに知らせる。しかし、チャーリーはそれでも彼女を「honestey(正直だ)」と反応し、彼女の表現力の強さを認め、育てたメアリーにも感謝していた。
金銭面、そしてそれ以上にエリーの生活が大丈夫であることを望むチャーリーだったが、メアリーはチャーリーの死が間近に迫っていることを知り、部屋を後にする。出ていく彼女にチャーリーは「人生で一度でもいいから正しいことをしたと信じたい」と涙ながらに伝えるのだった。
トーマス
宅配ピザ屋のダンは、いつも注文しているチャーリーの姿を始めて目撃する。その表情にショックを受けたチャーリーは暴飲暴食し、授業を受ける生徒たちに「正直な文章」を書くようにメールする。
トーマスがチャーリーの元へ訪れる。彼は自分がウソつきだったことを打ち明ける一方、エリーが青年団と両親に自分の暴露した音声を送ったことで、両親が赦しを与え、それによって地元に帰省することができると感謝していた。
さらに、トーマスは帰省する前にチャーリー救いたい気持ちから、アランの死について、彼がチャーリーと愛し合ったこと(同性愛)で、神から目を背けられたのだと伝える。それを聞いたチャーリーは怒りを示して非難する。
光の中へ
チャーリーはメールが原因でオンライン教師を辞めることになる。最後の授業で、彼は始めてウェブカメラをONにして、自分の姿を生徒たちに見せる。生徒たちは初めて見るチャーリーの姿に驚く様子を見せる。
チャーリーの体調は悪化していた。そこへエリーが怒りを露わにして戻ってくる。彼女はチャーリーがわざと単位を落とすようなエッセイを書いて渡したと主張する。しかし、チャーリーが渡したのは、かつてエリー自身が書いた『白鯨』の書評エッセイだった。
チャーリーは、そのエッセイが今までで一番正直な文だと言い、彼女の才能を認め、エリーにエッセイを音読するように嘆願する。
複雑な感情で困惑するエリーだったが、エッセイを読み始める。すると、チャーリーは満身創痍の重い体を必死に動かし、ソファから立ち上がり、エリーのいる玄関扉の前へ一歩ずつ歩み寄る。
エリーが音読を終えると、2人は穏やかな表情を浮かべ、チャーリーは真っ白な光の中に包まれていく。その先には、かつてチャーリーとメアリー、エリーの3人が過ごした波打ち際の海岸での様子があった。
【ネタバレ考察】ラストの意味と、『白鯨』と旧約聖書
『ザ・ホエール』というタイトルの本作ですが、劇中でエリーが8回生のときに書いた書評エッセイの対象が、『白鯨』です。
アメリカの小説家ハーマン・メルヴィルによる長編小説で、メルヴィルの体験を元にした捕鯨船の男たちと白いマッコウクジラの様子を描いた物語。アメリカでは『Moby-Dick; or, The Whale』と、まさに本作と同じタイトルになっています。
『白鯨』と旧約聖書
『白鯨』は世界的に有名な小説ですが、非常にとっつきにくい作品としても知られています。しかし、実は物語自体は難しいわけではありません。超ザックリ要約すると、以下のようなストーリーです。
物語の本筋だけを追えば、上記のように白鯨との闘いを描いたシンプルな物語。しかし、そこに至るまでにクジラの生態系や捕鯨の工程の様子を事細かに描いた紆余曲折があるのです。
白鯨のモビー・ディックが登場するのは本当に終盤だったり、片足が義足の船長エイハブも中々姿を現しません。主人公のように思えるイシュメイルも、語り部として機能しているだけだったり。地の文の読みづらさとクセのある会話表現なども読むハードルを上げています。
イシュメイルとエイハブという名前の由来や、クジラを旧約聖書の“海の悪魔”「レヴィアタン(リヴァイアサン)」と表現したりなど、旧約聖書からの引用も多いです。
また、『白鯨』の物語には、一切の女性が登場しないホモソーシャルな世界となっているのも特徴。
余談ですが『ONE PIECE』の白ひげ海賊団の船名は「モビー・ディック号」。さらに、映画『ロッキー』では、スタローンがペットの金魚の名前にもしています。
本作は、劇作家で原作となる舞台も手掛けたサミュエル・D・ハンターによる脚本ですが、ダーレン・アロノフスキー監督は、過去作でも「ノアの箱舟」を描いた『ノア 約束の舟』で旧約聖書を扱っています。
旧約聖書において重要な立ち位置で、避けて通れないのが預言者の存在。
『白鯨』においても、不吉な予言が繰り返し描かれていたり、一等航海士のスターバックが敬虔なクリスチャンであることなどもポイントのひとつ。
『ザ・ホエール』においては、宣教師のトーマスがそれにあたる存在でした。
ウソと正直さ、贖罪と救済
本作の大きなテーマのひとつであるのが、贖罪と救済。印象的なのは、チャーリーとトーマスのその様子。2人に共通するのは、引け目に感じている部分をウソで隠し、最終的には正直になっていたこと。
過去の過ちについて繰り返し「すまない」と口にするチャーリー。チャーリーは当時8歳だった娘を捨てたことを後悔していますが、アランとの関係、セクシュアリティ(同性愛)については、決して間違いだったとは言わないのです。これはチャーリーの揺るがない正直な部分でもあります。
実際に、何事もポジティブに考えるチャーリーが、唯一怒りを露わにしたのが、「アランの死が神ではなくチャーリーを選んだから」とトーマスが告げた時でした。
チャーリーとトーマスは似たように思えますが、その揺るがない部分を持っているかどうかで決定的に違っていて、チャーリーに対して「Disgusting(おぞましい)」と思っていたトーマスの内面があぶり出されるシーンは特に印象的。
人間の持つバイアスや複雑な内面を見ているようで、他人事とは思えないんですよね…
ラストとエリーのエッセイ
映画『ザ・ホエール』において、チャーリーが正直な文章だと評価したエリーのエッセイ。映画のラストで、彼女の声を通してその内容が描かれていました。
中でもエリーのエッセイの最後の締めくくる文章がこちら。
This book made me think about my own life, and then it made me feel glad for my…
『白鯨』を読んで、自分の人生について考えさせられ、良かったと思えるようになった
映画『ザ・ホエール』より
エリーのエッセイは、実はどのシーンでも最後まで聞き取ることができません。最後の文章は、「『白鯨』を読んで、自分の人生について考えさせられ、良かったと思えるようになった」と言っていますが、その良かったと思えるようになった対象についてを言葉にしないのです。
その後に続く言葉は、想像するに「Dad(お父さん)」でしょう。映画の最後で、エリーの方からも一歩チャーリーに近づき、微笑む様子が伺えました。
終始、陰鬱な物語でしたが、ラストのあの表現があるだでけでも、「救われた」と思えるのでした。
窓の外の食器の意味
考察の余地がある劇中の場面のひとつに、窓の外に置いてあった食器が挙げられます。
チャーリーが余った食材を鳥のエサにしていたのですが、終盤では食器が割られていることに気づきます。あれは何を意味していたのでしょうか。
恐らく、食器を割ったのはエリーでしょう。エリーが部屋に来たときに食器を見つめるシーンがありました。では、なぜ彼女は食器を割ったのか。
それは、チャーリーが自分を見捨てながら、鳥にエサを与えて(育てて)いたからだと考えられます。同時に、チャーリーは割られた食器を見ることで、エリーが愛されることを求めていることを理解していたのだと思います。
【ネタバレ感想】むき出しになる人間の姿
元々は2012年に発表された戯曲が原作の本作。劇中のほとんどを、部屋の中でのやり取りで描く物語ですが、ワンシチュエーションながら決して退屈になることはなく、むき出しになっていく人間の心理を描いたドラマでした。
正直に言えば・・・
体重270キロの孤独な男性が、ゲイポルノで自慰して死にかけるという強烈な冒頭シーンになっている本作。部屋の中はずっと暗い上に、映画の画面サイズもスタンダードサイズ(1.33:1)になっていて圧迫感や閉塞感を与えます。
バケツに入ったフライドチキンを貪り食い、汗ばむTシャツで油を拭き取り、歩行器がなければ立ち上がることもできない。映画を通してチャーリーに対する不快さを露骨に誘導しているような表現。
チャーリーの振り向けない角度からエリーが話しかける様子や、ピザ配達のダンの表情、ビデオ会議でチャーリーの姿にスマホを向ける生徒の様子など、体型を気にする人にとっては特に気分が悪くなるような表現に溢れています。
そんな中、チャーリーが言うように「正直」な感想を言えば、本作は自分が引き起こした過ちへの贖罪という自己満足に思えてしまいます。チャーリーは劇中で再三「すまなかった」と情けなく言う姿が印象的でしたが、実際、彼にはそれしか言うことができないんですよね。
疎遠だった親が死の淵に立ち、子どもを呼び出すことは、多くのドラマで描かれたり現実にもある話。子どもの気持ちになれば「都合よく最後を終えようとするなんてズルい」と思えてしまいます。
しかし、死を前にする弱々しい姿を目の当たりすると、本来ぶつけたい怒りもどこかへ行ってしまうのです。そこには、人間という矛盾に満ちた生き物のリアルな姿が描かれていたようにも思いました。
矛盾に満ちた物語
『ザ・ホエール』はいろんな矛盾を孕んだ物語でした。
元妻メアリーは、生前のアランとウォルマート(アメリカの大手スーパー)の駐車場で会ったとき、本当は言いたいことがあったにも関わらず、アランのやつれた姿を見て、自分が何者かも告げずに手を差し伸べて感謝されたことを語っていました。
トーマスはエリーに暴露したことが教会と両親に送られたことで、結果的には赦しを得てエリーに感謝していました。しかし、それはエリーの行動の意図とは逆の結果だったはず。
ポジティブな言い方をすれば、悪意を持った行動の中にも善意を見出すことができるということ。世のすべてに対して敵意をみせるエリーでしたが、彼女は承認されることを望んでいたように思います。
トーマスの言う通りに、チャーリーがアランとの関係を過ちと認めれば救われたのでしょうか。違いますよね。そんなキリスト教(に限った話ではない)の矛盾、宗教の矛盾も描かれます。
チャーリーは最期、光の中へ包まれて昇天、つまり天に召されます。チャーリーが否定した宗教とは裏腹に、魂が肉体を離れていくような神聖な表現になっているのです。なんと矛盾に満ちた映画なのか。
でも、人間なんて矛盾だらけの生き物です。
リズが言うように、「誰かを救える」なんて思うのは、思い違いかもしれません。ただ、自分に正直にであること。そうすれば、終始、陰鬱だった本作のように最後に光が差し込み、救われた人生になるかもしれません。
チャーリーはトーマスのそれとは違って、エリーやメアリーを救おうとしていませんでした。彼はただ、エリーのありのままを認め、育てたメアリーに感謝したのです。心から正直に。
人生に後悔はつきもの。できることなら自分に正直でありたいと思った映画でした。
リズ
本作で、ある意味一番魅力的だったのがホン・チャウ演じるリズ。
リズとチャーリーは、故アランの存在で繋がっていました。看護師である彼女は、死にゆくチャーリーを知りながらも、あくまでもチャーリーの意思を尊重するのです。
摂食障害のチャーリーに、躊躇いながらもジャンクフードを手渡す様子は胸が痛くなります。彼女は自身で語るように誰かを救えるなんて思っていないのです。そもそも、映画の時点では、チャーリーを救うにはあまりにも遅すぎたのです。
トーマスを毛嫌いする彼女は、信仰ではなく行動こそ意味があると理解していました。それでも病院から車椅子を持ち出して来たりなど、少しでもチャーリーの命を永らえようと働きかけていました。
だからこそ、チャーリーが本当は貯金があったという事実を知ったときにショックを受けたのでしょう。彼女は「救えたかもしれない」という矛盾を知ってしまったのです。
チャーリーが亡くなってしまったとしても、彼女の今後の人生が救われたものになってほしいと願わずにはいられませんでした。
それにしてもホン・チャウ、見事な演技でした…!
まとめ:ウソが蔓延る世の中で正直さを持つこと
今回は、『ザ・ホエール』をご紹介しました。
アカデミー賞で主演男優賞を受賞したブレンダン・フレイザーの演技は、言うまでもなく、脇を固めるホン・チャウらキャスト誰もが素晴らしい演技でした。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は7冠、『ザ・ホエール』は2冠と、A24作品が席巻したことで記憶に新しい第95回アカデミー賞。
興味深いのは、このどちらの作品も、複雑な事情をはらみつつも、究極的なメッセージが、前者が「Be Kind(親切であれ)」、後者が「Be Honest(正直であれ)」というシンプルなものであること。
全体的に暗い印象の映画ですが、一筋縄ではない人間の心理をあぶり出すドラマに魅了されました。
【ネタバレ感想・考察】『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』マルチバースの中心で愛を叫ぶ永劫回帰
続きを見る
【ネタバレ感想・考察】『TAR/ター』キャンセルカルチャーと芸術と権力と
続きを見る
【ネタバレ感想・考察】『aftersun/アフターサン』これが私たちの「愛」の姿
続きを見る