今回ご紹介する映画は、“エブエブ”こと『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』です。
コインランドリーを営む中年女性が、マルチバース(多元宇宙)を行き来して世界の命運を託されることになるアクションアドベンチャー。
本記事では、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の内容をネタバレありで感想・考察・解説していきます。
バカバカしいような笑いがある一方で、気づいてたら泣いているような映画でした。
映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の作品情報・レビュー
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
5段階評価
ストーリー :
キャラクター:
映像・音楽 :
エンタメ度 :
あらすじ
経営するコインランドリーの税金問題、父親の介護に反抗期の娘、優しいだけで頼りにならない夫と、トラブルを抱えたエヴリン。そんな中、夫に乗り移った”別の宇宙の夫”から、「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と世界の命運を託される。
作品情報
タイトル | エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス |
原題 | Everything Everywhere All at Once |
監督 | ダニエル・クワン ダニエル・シャイナート |
脚本 | ダニエル・クワン ダニエル・シャイナート |
出演 | ミシェル・ヨー キー・ホイ・クァン ステファニー・スー ジェニー・スレイト ハリー・シャム・ジュニア ジェームズ・ホン ジェイミー・リー・カーティス |
音楽 | サン・ラックス |
撮影 | ラーキン・サイプル |
編集 | ポール・ロジャーズ |
衣装 | シャーリー・クラタ |
プロダクションデザイン | ジェイソン・キスヴァーデイ |
製作国 | アメリカ |
製作年 | 2022年 |
上映時間 | 140分 |
予告編
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配信サイト | 配信状況 |
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おすすめポイント
マルチバースの中心で愛を叫ぶ。
コインランドリーを営む中年女性が、マルチバース(多元宇宙)を行き来して世界の命運を託されることになるアクションアドベンチャー。
問題だらけの移民家族が、マルチバースの数奇な体験を通して家族と人生について考える。
ハチャメチャな展開にも関わらず、最後には涙を流してしまうような胸に響くメッセージ性の届け方が絶妙で、笑っていたら、次の瞬間には泣いているような不思議な映画です。
映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のスタッフ
監督:「ダニエルズ」(ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート)
名前 | ダニエル・シャイナート(画像左) ダニエル・クワン(画像右) |
生年月日 | 1987年2月10日(シャイナート) 1988年6月7日(クワン) |
出身 | アメリカ・マサチューセッツ州(シャイナート) アメリカ・アラバマ州(クワン) |
監督は、“ダニエルズ”こと、1988年生まれのダニエル・クワンと、1987年生まれのダニエル・シャイナートによるコンビ。
前作『スイス・アーミー・マン』でも描かれていた、下ネタや突飛な表現を上手く取り入れた世界観と、根底にあるメッセージ性が唯一無二の魅力でもあります。
一方で、そのクセの強い描き方のため、好みが分かれやすい映画となっていて、本作もMCUなどのマルチバースを期待している人にとっては違った印象を受けると思います。
クセ強めですが、私は前作を含めて、ダニエルズの映画が好きなんですよねー。なにより監督自身が楽しんでいるのが伝わるところも好き!
製作:アンソニー・ルッソ&ジョー・ルッソ
製作は、“ルッソ兄弟”こと、1970年生まれのアンソニー・ルッソと、1971年生まれのジョー・ルッソの兄弟による映画監督、プロデューサー。
主な監督作
- 『キャプテン・アメリカ』シリーズ
- 『アベンジャーズ』シリーズ
- 『グレイマン』(2022)
今では言わずと知れたMCUのヒットメーカーでもあり、2019年の『アベンジャーズ/エンドゲーム』では歴代の世界興行収入でトップになるなど(現在は2位)、監督としての実績はもちろん、製作としてもNetflix『タイラー・レイク 命の奪還』や『21ブリッジ』など良作に携わっています。
映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のキャスト
ミシェル・ヨー
コインランドリーを経営する主人公の女性エヴリン・ワンを演じたのは、ミシェル・ヨー。
主な出演作
- 『ポリス・ストーリー3』(1992)
- 『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997)
- 『クレイジー・リッチ!』(2018)
- 『ガンパウダー・ミルクシェイク』(2021)
- 『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021)
マレーシア出身の世界中で活躍する俳優。中国や香港などでアクション映画に多数出演し、『ポリス・ストーリー3』では主演のジャッキー・チェンと共演。
今後も2024年公開予定の『アバター3』にも出演が決まっています。
監督もミシェル・ヨーでなければ成り立たなかったと言っていますが、アクションにドラマに、本当に素晴らしい演技でした。
ステファニー・スー
エヴリンの娘ジョイを演じたのは、ステファニー・スー。
当初、オークワフィナがキャスティングされていたところスケジュールの都合で出演が決まった経緯があります。ある意味、娘ジョイの物語でもあるので、とても重要な役柄でしたが、本当に素晴らしかった。
本作の演技により、第95回アカデミー賞で助演女優賞にノミネートしています。
この作品を機会にますます活躍してほしいですね!
キー・ホイ・クァン
エヴリンの夫、ウェイモンド・ワン役を演じたのは、ベトナム生まれで両親が中国人移民のキー・ホイ・クァン。
主な出演作
- 『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(1984)
- 『グーニーズ』(1985)
『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』のショート・ラウンド役や『グーニーズ』のデータ役といった、往年の名作に出演し、武術指導のアシスタントとして『X-MEN』などにも参加。
本作の演技により、第95回アカデミー賞で助演男優賞にノミネートしています。
本作の影の立役者。見れば分かりますが、本当に見事な演じ分けでした!
ジェームズ・ホン
ゴンゴン役を演じたのは、アメリカの俳優ジェームズ・ホン。
主な出演作
- 『チャイナタウン』(1974)
- 『ブレードランナー』(1982)
- 『ムーラン』(1998)
- 『カンフー・パンダ』シリーズ
すでに500作品以上に出演するベテラン俳優。『カンフー・パンダ』シリーズのガチョウのミスター・ピン役としても知られています。
1929年生まれで、撮影時91歳とは思えない、すごいエネルギーを感じましたね。
ジェイミー・リー・カーティス
ディアドラ・ボーベアドラ役を演じたのは、アメリカ出身の俳優ジェイミー・リー・カーティス。
主な出演作
- 『ハロウィン』シリーズ
- 『大逆転』(1983)
- 『ワンダとダイヤと優しい奴ら』(1988)
- 『トゥルーライズ』(1994)
『ハロウィン』シリーズのローリー・ストロード役で世界中に名を知られ、キャリア初期は名作ホラー映画に多く出演し、その後も『大逆転』や『トゥルーライズ』といった名作など幅広いジャンルで活躍しています。
本作の演技により、第95回アカデミー賞で助演女優賞にノミネートしています。
圧倒的な存在感とインパクトでした!
ネタバレあり
以下では、映画の結末に関するネタバレに触れています。注意の上、お読みください。
【ネタバレ解説】『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のあらすじ
中国からアメリカにやってきた移民のエヴリンは、20年前に夫のウェイモンドと駆け落ちし、コインランドリーを経営している。春節のお祝いを兼ねたパーティの準備で忙しくしている中、コインランドリーに国税局の監査が入り、国税庁に出向かなければならい。
しかし、夫のウェイモンドは頼りない。娘のジョイは恋人の女性ベッキーを連れてきて、気難しい父親のゴンゴンの面倒も見なければならず、エヴリンは手一杯になっていた。
ジョイはエヴリンに恋人のベッキーを紹介するが、エヴリンはゴンゴンに彼女を「いいお友だち」と紹介してしまう。通訳係のジョイは怒って帰ってしまい、国税庁にはエヴリンとウェイモンド、ゴンゴンの3人で向かうことになる。
EVERYTHING
厳しいチェックで知られる監査官のディアドラを前にして、ウェイモンドが突然別人のような立ち振る舞いをする。彼は別の宇宙“アルファ・バース”からやってきたアルファ:ウェイモンドだと言うと、「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪ジョブ・トゥパキを倒せるのはエヴリンしかない」と言うのだった。
エヴリンは訳も分からず指示に従うが、別の宇宙のディアドラが襲いかかってくる。アルファ:ウェイモンドいわく、別の宇宙とリンクできる“バースジャンプ”を使うには、バカバカしい奇妙な行動がきっかけとなるらしい。
追い詰められたエヴリンはギリギリのところで“バース・ジャンプ”に成功。カンフーの達人である別の宇宙のエヴリンの力を得て、なんとかディアドラを退ける。
その後、エヴリンたちの前に、あらゆる宇宙を行き来して無限の力を手にしたジョブ・トゥパキが現れるが、その姿はエヴリンの娘ジョイだった。ジョイは世界を終末へもたらす“エブリシング・ベーグル”を見せ、エヴリンを導こうとするが、アルファ:ゴンゴンに助けられ、間一髪で逃れる。
アルファ:ゴンゴンは、ジョブ・トゥパキがジョイの体を離れている今のうちに彼女を殺してしまおうとエヴリンに指示する。しかし、エヴリンは自分がジョブ・トゥパキと同じレベルの“バース・ジャンプ”で力を手にすれば立ち向かうことができると決心する。アルファ:ゴンゴンは、エヴリンもジョブ・トゥパキと同じ運命を遂げると考え、兵士を送り込んでくる。
エヴリンは武術の達人、歌手、料理人、広告宣伝者(サインスピナー)など、いくつもの宇宙の自分が持つ力を手にして敵を退ける。一方、アルファ・バースのウェイモンドの元にジョブ・トゥパキが現れ、アルファ:ウェイモンドを殺してしまうのだった。
ジョブ・トゥパキがエヴリンの前に再び現れるが、エヴリンは“バース・ジャンプ”による力を使いすぎて倒れてしまう。
EVERYWHERE
指がソーセージでディアドラとパートナーになっている世界や、ウェイモンドが離婚ではなく夫婦関係を改善したがっている様子など、エヴリンの精神はマルチバースを漂っていた。その後、自分の肉体へ精神が戻る。
再びジョブ・トゥパキに挑むも、あらゆる宇宙の力で圧倒され、“エブリシング・ベーグル”のもとへ連れて行かれる。彼女は「ベーグルが宇宙のすべてを集結させたものである」と明かし、エヴリンは彼女の思考に影響され、「人生に意味はない」と考えはじめてしまう。2人は地球に生命が誕生せず、自分たちが感覚のみの石になっている世界へも訪れていた。
それにより、エヴリンは元の自分の宇宙を含め、様々な宇宙で自分の人間関係を壊し始めてしまう。そしてエヴリンはジョブ・トゥパキと共にベーグルの中へ入って存在を終わらせようとするが、ウェイモンドの声によって武術家として成功した宇宙へ移動する。
そこはウェイモンドと結婚しなかった世界であり、彼との会話を通してエヴリンはウェイモンドの優しさを弱さと思い込んでいたことを痛感する。元の宇宙に戻ると、エヴリンは思いやりに溢れたウェイモンドの行動によってディアドラを説得する姿を目撃し、彼を抱きしめる。
エヴリンは、あらゆる宇宙の自分の人生が、それぞれに良い瞬間があることを知り、ベーグルへ入るのを拒否する。ギョロ目のシールを額に付けたエブリンは、ディアドラやアルファ:ゴンゴンを始め、敵を武力による制圧ではなく、彼らのマルチバースの深層心理を理解して無力化する。
ジョブ・トゥパキは一人でベーグルに入ろうとするが、エヴリンは彼女を引き止める。エヴリンは、同じ宇宙の自分の娘であるジョイに、「たとえ人生が意味がなかったとしても一緒に生きたい」と伝える。結果的にウェイモンドやゴンゴンの協力もあり、ベーグルがらジョブ・トゥパキを引き戻し、2人の闘いが終わる。
ALL AT ONCE
エヴリン、ウェイモンド、ジョイ、ゴンゴンの4人は国税局へやってくる。エブリンとウェイモンドはキスを交わし、ディアドラに領収書を提出する。
ディアドラは「すごく良くなった」と言う。エヴリンは一瞬、別の宇宙に気を取られていたが、呼びかけられて我に返る。
【ネタバレ感想】マルチバースを通したメンタルヘルス
“エブエブ”こと『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、2022年の3月に初めて公開され、大絶賛され話題を呼び、日本ではそれから約1年後となる2023年3月3日に公開されました。
公開を首を長くして待っていましたが、素晴らしい映画でした…!
カンフーアクション、SF、コメディ、ファンタジー、アニメーションなどジャンルを飛び越えたマルチバース映画。これぞエンターテインメントと言うに相応しい、笑って泣けて楽しめる娯楽映画になっていました。
「マルチバース」といえば、2018年のアニメ映画『スパイダーマン スパイダーバース』や、2022年のマーベル映画『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』が記憶に新しいと思います。
私自身、数年前までの感覚では到底理解できなかった次元の話が、これだけ身近に感じられる中で、現時点においてのマルチバース映画の集大成とも言える映画になっていました。
それこそ似た感覚で、昨今話題のメタバースでは、仮想空間に自分の代わりとなるアバターを介してコミュニケーションが取れたりするので、肌感覚としてもイメージしやすい時代感での公開というのも上手いですよね。
しかもそんな映画が低予算で作られていること。数え切れないほどの宇宙を旅しているのに、ほとんど国税局のオフィスやコインランドリーを中心に描かれているのです。
映画の大部分のVFX(視覚効果)を5人、しかも独学で習得した人たちで回していたというのもの革命的な話です。
英国メディアRadioTimesのインタビューで、マルチバースについて、監督は以下のように話しています。
「マルチバースは嫌いなんです。虚無主義(ニヒリズム)的な考えを感じさせて、すべてが無意味に思えてしまうのです。」
ダニエル・シャイナート(RadioTimesのインタビューより抜粋)
ニヒリズムとは、簡単に言うと「生きる目的・意味などない」と考える思想。
この「Nothing Matters(すべてが無意味)」はジョブ・トゥパキが劇中でも繰り返し言っていたセリフ。「Job Tupaki」という言葉自体が意味をなさず、その一方で、元の宇宙での名前は「Joy(喜び)」というのも面白いですよね。
上記のコメントに続けて、ダニエル・クワン監督は以下のように続けています。
「それじゃあ、虚無主義を認める映画を作ろう!」そして『マルバースは今生きていると感じることの完璧なメタファーだ』と思うまでに行ったり来たりしました。マルチバースを通して、私たちの神経症や恐怖を探ることができれば、自分自身について何かを学ぶことができるかもしれません。
ダニエル・クワン(RadioTimesのインタビューより抜粋)
『エブエブ』の物語は、監督が上記で語っていることに集約すると感じました。「マルチバースを通したメンタルヘルスの物語」だったのです。
本作は、ハチャメチャな娯楽映画としての純粋な面白さの裏に、哲学を通した母娘の関係や世代間のトラウマ、アイデンティティの背景よるメッセージが伝わるのです。
マイノリティの主人公、抱える悩みや葛藤は自分のための映画と感じる方も多いと思います。
家族の背景から振り返って考えていきます。
【ネタバレ考察】人生は選択と後悔が付きもの
本作は、あらゆる宇宙を旅する壮大なスケールを描きつつも、最終的に家族のパーソナルな一場面に収束する面白さがあります。だからこそ胸に響くものがある。
主人公エヴリンは、20年前に中国からアメリカにやってきた移民です。本作がマルチバースの「選択の物語」であると考えると、移民というのはまさに大きな選択のひとつ。「故郷を離れて異国で生活する選択をした人たち」なのです。
やむを得ない事情や決死の覚悟、夢の挑戦など、あらゆる理由で移民という大きな選択をした人たち。ダニエル・クワン監督自身も、移民二世としての葛藤があったと語っています。
移民の家族が生計を立てる苦労と家族関係のバランスについては、2020年の『ミナリ』でも描かれていました。
【ネタバレ感想・考察】『ミナリ』家族とは根を張って生きるセリだ
エヴリンとウェイモンドがやってきた理由は、「駆け落ち」でした。保守的な父親ゴンゴンの元で育ったエヴリンは、ウェイモンドと一緒になる時に半ば勘当されている様子も伺えます。
移民して20年が経過している冒頭では、エヴリンはコインランドリーの経営に忙しく、ウェイモンドにグチを言い続けていました。そんな彼女は、国税局でのチェック時に、歌手やシェフ、教師など、いろんな職業に関する経費をディアドラに指摘されていましたね。
これはまさしく彼女の願望の現れであり、ほかの宇宙の自分への羨望と受け取れます。実際にその後、武術家として成功している宇宙の自分を見た時に、「ウェイモンドと一緒にならなければ幸せだったかもしれない」と口にするのです。
人生は選択の連続。何かを選ぶということは、同時に選ばなかった人生がある。
娘ジョイとの関係性も同様です。恋人のベッキーとの関係を父親のゴンゴンに「友だち」と紹介し、挙げ句には、「健康なものを食べなさい、太ってきているから」と言い放つのでした。
ジョイの気持ちを考えると中々にキツいですよね…。
ジョブ・トゥパキが闇落ちした理由
世界を終末へ導くジョブ・トゥパキの正体は、エヴリンの娘、ジョイでした。
ジョブ・トゥパキが虚無主義的な考えに至ったのは、多くのマルチバースをジャンプしたことが原因。あらゆる宇宙の自分の力を手にした一方で、自分の心を見失っていたのです。
それにより、何もかもすべてをひとつに集約したらどうなるのかと考え“エブリシング・ベーグル”を作ったのでした。
監督も言うように、これはまさしく現代社会のメタファー。あらゆる情報やSNSで人の生活にアクセスできる現代。過度な情報が流れ込み、精神的なストレスを与えることは誰もが他人事ではないはず。
それと同時に、ベーグルはジョイの人生も表しています。終盤、ジョイはベーグルにこんなことを言っていました。
よかったね。自分のことを理解できて。それは素晴らしいことだよ。でもね、私は疲れたよ。もう誰も傷つけたくない。お母さんと一緒にいてもお互い嫌な思いをするだけだから離れよう。お願い…。
Good for you. You're figuring your shit out. And that's great. But I'm tired. I don't want to hurt anymore. And for some reason when I'm with you, it hurts both of us. So, let's just go our separate ways… Please.
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このセリフでジョイがどんな境遇、どんな生活を送ってきたかが想像できるんですよね。LGBTQ当事者である彼女が、自分とパートナーとの関係を家族に認めてもらえない葛藤。
そんなジョイからすると、今まで積み上げてきた人生なんて無意味に思えてしまうのです。
家族という呪縛と絆
そんなエヴリンが変わるきっかけとなったのが、ウェイモンドの言葉でした。
エヴリンが、「もっといい人生があったかもしれない」と感じた宇宙のウェイモンドは、「コインランドリーを経営しながら税金を納める人生を送ってみたかった」と言うのです。
人生なんて、所詮、ないものねだりです。これまで自分が歩んできた人生は、あらゆる選択の上で成り立っている。
エヴリンは感じます。ウェイモンドと恋に落ち、両親の反対を受けながらもアメリカへ駆け落ちし、ジョイが生まれ、コインランドリーを開業した。あの時のあの選択、そのすべてが奇跡のように成り立ち、今の自分を作り上げているのだと。
この断片的な映像が流れ込むシーンは、監督の前作『スイス・アーミー・マン』での重要なシーンにも似ていましたね。
そしてウェイモンドは言います。「親切であれ(Be Kind!)」と。
エヴリンはウェイモンドの優しさを知り、抱きしめます。そして彼女は理解するのです。困難な世界でも打開する方法があることを。
そしてエヴリン最大のトラウマと立ち向かいます。それは娘ジョイ、そして父親ゴンゴンとの関係性。
ジョイの言葉を聞いて初めて彼女の抱える痛み、悩みを知ったエヴリンは、もう自分は父親と同じことを娘にはしないと誓うのです。
そして彼女はゴンゴンにジョイとジョイのパートナーのベッキーの関係をちゃんと伝えます。そして、娘と初めて本心で対峙するのです。
エヴリンは「何があっても、これからもジョイと一緒にいたい」と伝えますが、ジョイは「だから何?ほかのことを無視して、もっと良い娘がいる宇宙へ行けばいいじゃん。意味のある時間なんて僅かしかないんだから」と返します。
エヴリンはそれでも「その僅かな一瞬一瞬を大切にする」と誓って、2人は抱擁するのでした。石の世界(ロック・ユニバース)で会話するジョイとエヴリンのシーンは印象的でしたね。
このシーン、本当に泣けました…。
注目したいのは、娘のジョイ、つまり若い世代の方から歩み寄っていること。ベーグルのシーンで、エヴリンは「I AM YOUR MOTHER(私はあなたの母親だー!)」という半ば強引な形で引き戻そうとしていましたが、それに娘のジョイが答える形なんですよね。
親世代が自分の誤った態度を認め、それに若い世代が信じて答える形。
一度は離した手を、家族みんなでベーグルから引き戻す。ベーグルから手を伸ばしたのが娘の方からだったのも印象的。
正直に言うと、私は「家族」という、ある意味呪縛のような関係に固執する必要はないと思っています。エヴリンのジョイに対する言葉や態度はあまりにもヒドい。一方で、そんなエヴリンが、ゴンゴンとの確執によって彼女の性格形成に影響されていたことは理解できます。
つまり、エヴリンはその家父長制の負の連鎖をジョイと一緒に断ち切ったのです。
家族みんなで税務署へ申告する最後のシークエンス「ALL AT ONCE」。国税局のディアドラは「良くなった。まだ改善する必要はあるけどね。」と言います。
税務署類に対するその言葉は、まさに一家の家族関係を象徴する言葉のように胸に響くのでした。
【ネタバレ考察】ニーチェ的哲学と円環のモチーフ
先述したように、虚無主義(ニヒリズム)を認める映画を作ろうと話していた監督。
娯楽性の高い映画でもある本作ですが、背景にはニーチェ的な哲学を感じられる要素がいくつもありました。
哲学者ニーチェは「ツァラトゥストラ」で、“神は死んだ”と表現し、あらゆる価値とされていたものが価値を失い、それによって人はニヒリズムに向かうと示しました。
ニーチェはニヒリズムが進む世界への提案として、“超人”となり、“永劫回帰”の思想を広めようとしました。ニーチェには怒られそうですが、エブエブが「ツァラトゥストラ」とリンクする要素を簡単にまとめます。
映画で言うところの、ジョブ・トゥパキがあらゆる宇宙に移動して「Nothing Matters(無意味)」と考えるのはまさにニヒリズム。無限に宇宙が存在するならば、自分が今生きている価値は相対的に無価値に等しいと思えてしまうのです。
実は、ダニエル・クワン監督は、もともと敬虔なクリスチャンでしたが、ある時から神を信じられなくなり、ニヒリズム的思考になったとインタビューで話しています。
『エブエブ』の物語は監督の実体験もベースにあるんですよね…!
ジョブ・トゥパキは、まさにニーチェのいう“末人”になっている印象でした。そして、エヴリンも同様に、ニヒリズムにおける“末人”的な道をたどっていきます。
そこからエヴリンは、ウェイモンドの思いやりに触れたことで、「僅かな時間も大切にする」“永劫回帰”へと向かいます。
永劫回帰と円環
ニーチェが提案した“永劫回帰”という思想。
簡単に言えば、「宇宙のすべては同じことの繰り返しである」ということ。人生は直線的なものではなく、一周して元に戻ってくる円環だと捉えたのです。
この考え方は、ニヒリズムがベースにあるからこその考え方であり、人生は変えることのできない“無限ループ”であるということ。じゃあ、そんな人生にどうやって生きる意味を見出したらいいのか。
それは「今、この一瞬を大切に生きる」こと。それが“永劫回帰”という思想です。エヴリンがジョイと一緒にいたいと言うセリフとリンクします。
かけらもない僅かな時間を大切に生きる。
『エブエブ』の物語は、マルチバースを通したメンタルヘルス、そして永劫回帰の物語でした。
同時に、“ジョイ(喜び)”という名前には、マルチバース(ニヒリズム)の世界で“超人”思想、つまり、今この瞬間を楽しんで生きてほしいという願いが込められていたようにも感じました。
劇中では、永劫回帰のモチーフといえる「円環」が至るところに描かれていたのも印象的。
黒い円の中心に白い光りがある“エブリシング・ベーグル”と、白目の中心に黒目があるギョロ目のシールが対比になっているのも面白いポイントでした。
こういった細かい演出が、繰り返し観ても面白い要素になっているんですよね!
【ネタバレ解説】映画に登場したマルチバース
以下では、『エブエブ』の中で、エヴリンが旅する主要なマルチバースの世界を紹介していきます。
オリジナル・ユニバース
物語のメインとも言える、エブリンがウェイモンドとコインランドリーを経営している世界。
クローゼット・ユニバース
エブリンが初めて“バース・ジャンプ”して、アルファ:ウェイモンドに指示を受けていた国税局の清掃室の世界。ディアドラによって破壊されてしまっていましたね。
アルファバース
アルファ:ウェイモンドがやってきた世界。
このユニバースによってほかの世界へ“バース・ジャンプ”することができるようになり、それを開発したのがアルファバースのウェイモンドとエヴリンです
ジョブ・トゥパキを生み出したのもこのユニバースで、結果的にアルファ:ウェイモンドは彼女に殺されてしまいました。
ムービースター・ユニバース
エヴリンが映画スターになっているユニバース。この世界のエヴリンは、ウェイモンドとの駆け落ちを拒否し、武術を習得したことにより、アクションスターとなりました。
混合してしまいそうですが、カンフーの達人もこの映画スターのユニバースの中の能力です。
このユニバースで使用されているレッドカーペットなどの映像は、ミシェル・ヨーの出演した『クレイジー・リッチ!』(2018)の実際のアーカイブ映像となっています。
このユニバースは、まさに主演のミシェル・ヨーの人生を反映したような世界になっているのも面白いポイントですね!
ホットドック・ユニバース
手がソーセージ(ホットドッグ)のように大きくてフニャフニャになったユニバース。
このユニバースのエヴリンは、国税局のディアドラとパートナー関係にあります。
サインスピナー・ユニバース
エヴリンが街角でサインスピーナしているユニバース。
この能力を使い、奪ったシールドでアクションしていましたね。
シェフ・ユニバース
エヴリンが鉄板焼シェフになっているユニバース。
この世界ではディズニー『レミーのおいしいレストラン』を大胆にコメディ・オマージュしていました。
ピンキー(小指)・ユニバース
エヴリンが、ひたすら小指を鍛えまくって、小指だけ異常に筋肉が発達したユニバース。
終盤の戦闘シーンでこの小指で相手を吹き飛ばす際に使われるSE(効果音)は、「大乱闘スマッシュブラザーズ」のホームランバット音でした。
オペラ・ユニバース
エヴリンがオペラ歌手になっているユニバース。
この世界では事故により視覚を失っている様子が伺えました。
テンプル(寺院)・ユニバース
ジョブ・トゥパキが、“エブリシング・ベーグル”を発生させているユニバース。
タージマハル的な真っ白の大理石調の内観が印象的でした。
ロック・ユニバース
生命が生まれず、ジョブ・トゥパキとエヴリンが感覚のみで石になってやり取りしていたユニバース。
字幕のみでやり取りする様子が印象的で、そのアイデアはミシェル・ヨーが提案したみたいです。
ジャニター(管理人)・ユニバース
国税局のオフィスの裏でSMクラブのようなものが開かれているユニバース。(なんだそれ笑)
ネームプレートが「リチャード・ロング」となっていましたが、ダニエル・シャイナート監督の前作『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』に登場する監督自身が演じているキャラクターです。
ちなみに後半、国税局に出現した“エブリシング・ベーグル”に吸い込まれるところでダニエル・クワン監督もガッツリ出演していました。
ダニエルズはどちらも『エブエブ』でカメオ出演していて、彼ら自身が一番楽しんでいるようにも見えるから面白いんですよね!
その他もろもろユニバース
これ以上は数え切れませんが、ジョブ・トゥパキと戦っている最中に、アニメのユニバースや、吊るされた人形担っているユニバースなど、とにかくいろんなユニバースが観られました。
ミシェル・ヨーはユニバースごとに違う衣装になるので、撮影は大変だっでしょうね…!
【ネタバレ解説】映画に登場したオマージュや関連作品
『エブエブ』は、いろんな楽しみ方ができる作品になっていて、そのひとつに数々の映画のオマージュが挙げられます。
監督のダニエルズ自身かなりの映画ファンで、本作を作る上で、映画に限らずあらゆるクリエイティブを参考にしたと語っています。
以下では、映画に登場した主要なオマージュを紹介していきます。これらの作品を合わせて観たりするとさらに楽しめるかもしれません。
これらを知らないと楽しめないのではなく、あくまでも『エブエブ』の楽しみ方のひとつだと思ってください!
『レミーのおいしいレストラン』
映画の中で唯一、作品名を挙げてオマージュされていたのが2007年のディズニー/ピクサー映画『レミーのおいしいレストラン(原題:Ratatouille)』です。
ネズミのレミーが主人公なのですが、エヴリンの父ゴンゴンが原題の「ラタトゥイユ」を「ラクーン(アライグマ)」と間違って覚えていて、その世界がそのままユニバースになっています。ネズミがアライグマに変わっていて、同時に『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のロケットにも思えてきます。
【最新順/公開順】歴代ディズニーアニメ映画を一覧で解説
『マトリックス』
『エブエブ』を観た方が一番近い印象を抱くのが、『マトリックス』だと思います。
マルチバースから能力をインストールする要素や、カンフーアクション、スローモーションのアクションなど、共通点も多いですね。
ディアドラが吹き抜け階段をジャンプするシーンはまさに『マトリックス・リローデッド』!
『マインド・ゲーム』
ダニエルズが影響を明言している映画の1つが湯浅政明監督の2004年公開のアニメ映画『マインド・ゲーム』。
なかでも『マインド・ゲーム』の終盤の一連のシークエンスはかなり近いものがあり、ランダムなモンタージュ編集によるカオスという意味では一番近い印象です。
『2001年宇宙の旅』
「ホットドッグ・ユニバース」では、スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』での類人猿のシークエンスの明確なオマージュになっていました。
さらに、このシーンではダニエル・シャイナート監督自らが類人猿を演じたと明かしています。
『グーニーズ』
一番最初に始まるアクションシーンでもある、アルファ:ウェイモンドがウエストポーチでアクションするシーン。
ウェイモンドを演じているキー・ホイ・クァンが過去に出演した代表作のひとつ『グーニーズ』。身の回りのものをアイデア武器にして使うデータという役柄を演じていました。
データが使う代表的なアイテムのひとつがファニーパック(小さめのウエストポーチ)でした。
このアクションシーンはこれから始まるワクワク感がありましたね!
『グランド・マスター』
上記の国税局でのウェイモンドのファニーパックでのアクションシーン、ウォン・カーウァイ監督の『グランド・マスター』(2013)の列車シーンを参考にしたと監督が明かしています。
『花様年華』
エヴリンがウェイモンドとの結婚を選ばなかった世界「ムービースター・ユニバース」で、エヴリンは後にウェイモンドと偶然再会します。
このユニバースでは、ウォン・カーウァイ監督の映画、特に2000年の『花様年華(かようねんか)』の映画の雰囲気に近づけたと監督も明言しています。
ダニエル・クワン監督は、ウォン・カーウァイ監督の1960年代シリーズの『花様年華』に次ぐ続編となる『2046』で助監督を務めています。
監督のウォン・カーウァイへのリスペクトが感じられますね!
『ホーム・アローン』『パンチドランク・ラブ』
『エブエブ』のオープニングシークエンスは、『ホーム・アローン』(1990)と『パンチドランク・ラブ』(2002)を参考にしたと語っています。
具体的には、家の中を騒がしく動き回る様子とケビンが家族から相手にされない様子は『ホーム・アローン』、領収書の束と格闘するシーンは『パンチドランク・ラブ』という感じでインスパイアされています。
『千年女優』『パプリカ』
監督のダニエルズは、今敏(こんさとし)監督への影響もインタビューで語っていました。
マルチバースを行き来して現実との境界線が曖昧になる様子は『千年女優』(2002)にも通じるものがあり、中盤、「ムービースター・ユニバース」において映画館でエンドクレジットが出る様子は『パプリカ』(2006)のラストシーンを彷彿とさせます。
『恋はデジャ・ブ』『素晴らしき哉、人生!』
監督は2010年ごろからマルチバースについての構想を進めていたと話しています。その中で、マルチバースやパラレルワールドの参考として『恋はデジャ・ブ』(1993)と『素晴らしき哉、人生!』(1946)を挙げ、それらの映画が当時、革新的なものだったように、現代において同様のインパクトを与えたいと『エブエブ』の製作に着手しました。
しかし、本作が発表されるまでに『スパイダーマン スパイダーバース』(2018)やTVアニメ『リック・アンド・モーティ』シーズン2においてマルチバースが成功したことで、自分たちがそれらの二番煎じならないか不安な気持ちになったと語っています。
エルヴィス・プレスリーの衣装
ジョブ・トゥパキが初登場するシーン、彼女の服装はロック界のレジェンド、エルヴィス・プレスリーのステージ衣装を彷彿とさせます。
無意味な彼女の名前「ジョブ・トゥパキ」は、ヒップホップ界のレジェンド、トゥパック・シャクール(2Pac)を連想させます。
マルチバースで変わるジョブ・トゥパキの衣装に注目して観るのも面白いですね!
『少林虎鶴拳』『少林寺三十六房』(パイ・メイ)
エヴリンが小指を鍛えまくった「ピンキー・ユニバース」では、彼女が師範から教わっているシーンが描かれます。白髪白眉が印象的な彼女は、香港映画『少林虎鶴拳』(1977)や『少林寺三十六房』(1978)におけるカンフーマスター、パイ・メイを意識した雰囲気。
パイ・メイはクエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル Vol.2』にも登場しています。
【足フェチ】クエンティン・タランティーノ監督おすすめ映画ランキングベスト10
まとめ:ないものねだりの人生、今を生きよう
今回は、映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』をご紹介しました。
本作は、へんてこなアクションのマルチバースを通したメンタルヘルスの物語だったと感じました。
監督の前作『スイス・アーミー・マン』でもそうでしたが、ハチャメチャな展開にも関わらず、最後には涙を流してしまうような胸に響くメッセージ性の届け方が絶妙なんですよね。笑っていたらいつの間にか泣いている感覚。
前作は、人によっては受け付けない要素がある中で、しっかり刺さる人には刺さる映画でした。一方、本作は多くの人が楽しめるエンタメ要素を持ちつつ、「自分のための映画」だと思える映画にもなっています。
マイノリティ、アジア人主人公の映画が、A24史上最高の売上を記録し、ゴールデングローブ賞も受賞しました。さてアカデミー賞はどうなるのか。
ぜひ、劇場で公開している間にチェックしてみてください!
ダニエルズの作品はU-NEXTで視聴できます!