今回ご紹介する映画は『もっと遠くへ行こう。』です。
イアン・リードの原作をオーストラリアのガース・デイヴィス監督が映画化した、2065年の近未来が舞台のSFスリラー。主演はシアーシャ・ローナンとポール・メスカル。
本記事では、ネタバレありで『もっと遠くへ行こう。』を観た感想・考察、あらすじを解説。
決して面白い作品ではありませんが、SF世界を通して人間関係を見つめ直す映画です。
『もっと遠くへ行こう。』はAmazonプライムビデオで2024年1月5日から独占配信スタート。
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『もっと遠くへ行こう。』作品情報・予告・配信・評価
『もっと遠くへ行こう。』
5段階評価
ストーリー :
キャラクター:
映像・音楽 :
エンタメ度 :
あらすじ
人里離れた農場に住む夫婦のもとに、夫が宇宙移住者の候補になったという知らせが届き──。
作品情報
タイトル | もっと遠くへ行こう。 |
原題 | Foe |
原作 | イアン・リード |
監督 | ガース・デイヴィス |
脚本 | イアン・リード ガース・デイヴィス |
出演 | シアーシャ・ローナン ポール・メスカル アーロン・ピエール |
音楽 | パク・チハ オリバー・コーツ アグネス・オベル |
撮影 | エルデーイ・マーチャーシュ |
編集 | ピーター・サイベラス |
製作国 | オーストラリア・アメリカ |
製作年 | 2023年 |
上映時間 | 110分 |
予告編
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『もっと遠くへ行こう。』監督・原作
監督:ガース・デイヴィス
名前 | ガース・デイヴィス |
生年月日 | 1974年 |
出身 | オーストラリア・クイーンズランド |
原作:イアン・リード
もっと遠くへ行こう。 イアン・リード Amazonでみてみる |
『もっと遠くへ行こう。』は、2018年に発表されたカナダの作家イアン・リードによる同名小説が原作。デビュー小説となった2016年の『もう終わりにしよう。』は、チャーリー・カウフマン監督によってNetflixで映画化されて話題となりました。
本作においても、リードはガース・デイヴィス監督と共同で脚本を手掛けています。
『もっと遠くへ行こう。』キャスト・キャラクター解説
キャラクター | 役名/キャスト/役柄 |
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ヘン(シアーシャ・ローナン) ジュニアの妻。レストランのスタッフをしている。 | |
ジュニア(ポール・メスカル) ヘンの夫。家族代々の畑で農業をしつつ、鶏肉工場で働いている。 | |
テランス(アーロン・ピエール) 政府の人間。宇宙移住プロジェクトに選ばれたジュニアを連れて行くためにやってくる。 |
シアーシャ・ローナン
名前 | シアーシャ・ローナン |
生年月日 | 1994年4月12日 |
出身 | アメリカ・ニューヨーク 国籍はアイルランド |
ポール・メスカル
名前 | ポール・メスカル |
生年月日 | 1996年2月2日 |
出身 | アイルランド・キルデア |
ネタバレあり
以下では、映画の結末に関するネタバレに触れています。注意の上、お読みください。
【ネタバレ解説】『もっと遠くへ行こう。』あらすじとラスト
© Amazon Studios
映画は2065年の近未来が舞台で、環境汚染によって世界は壊滅の危機に瀕しています。5世代にわたり農業を営むジュニアは、妻のヘンと人里離れた田舎で暮らしていますが、夫婦関係は冷めきっています。
ある日、テランスという政府の人間が家を訪ね、ジュニアを宇宙ステーションでの人類移住プログラムに招待します。このテスト期間(2年間)中に、ジュニアのAIクローンが地球で彼の役割を代行することになります。
しかし、ジュニアは自身の農家に固執し、宇宙への移住を拒否。この機会を使い、破綻寸前の結婚生活を修復しようとします。
映画は終盤で大きなどんでん返しを見せます。実は、映画の開始時点で本物のジュニアは既に宇宙に旅立っており、地球にいるのはAIクローンでした。このクローンはテランスの会社「アウター・モア」によって作られ、テランスが家に訪れた夜が、クローンとしてのジュニアの初めての夜でした。
テランスが家にやって来てプログラムについて説明するシーンが実は二度目であり、ヘンはこれを知っていることが示唆されます。テランスらはAIクローン・ジュニアの行動を監視していますが、これがクローン・ジュニアの精神状態を不安定にし、最終的には回収されてしまいます。
最後に、本物のジュニアが宇宙から戻りますが、彼は変わらずヘンに関心はなく、ヘンは家を去ることを決意して出ていきます。一方で、ジュニアのもとにはクローン・ヘンが現れるのでした。
クローン・ジュニアとヘンの関係、テランスの目的
© Amazon Studios
ヘンがクローン・ジュニアに恋する理由
映画の開始時点で、ヘンは既に夫がAIクローンであることを知っていました。クローン・ジュニアはまだ本物のジュニアを学習中で、ヘンと同じベッドで寝ようとしますが、ヘンに断られます。このシーンは、彼女がジュニアがクローンであることを知っていることを示唆するとともに、2人の関係の冷え切った状態を象徴しています。
ある日、クローン・ジュニアはヘンが着ているTシャツが、2人が初めて出会った時に彼女が着ていたものであることに気づきます。これを機に、クローン・ジュニアが本物のジュニアよりも人間的であり、過去の思い出を大切にしていることを知り、ヘンは次第に惹かれていきます。
本物のジュニアに対して期待していた感情が、クローン・ジュニアによって再燃するのです。ヘンは彼に対して自分の寂しさを打ち明けます。
テランスが家を訪れた理由
© Amazon Studios
映画の冒頭で、テランスは「アウター・モア」という多国籍企業の代表として、ジュニアとヘンの家を訪れます。彼の会社は、宇宙移住計画の一環として全人類を宇宙へ送り出す前に、選ばれた人間でテストを行いたいと考えています。
テランスはジュニアが選ばれた理由を明かしませんが、政府にとって人里離れた場所で暮らしているジュニアを監視対象にしたい点や、代々農業を営むテランスが宇宙の環境でも適応できると考えるのは想像に難くありません。
テランスが最初に訪問した場面は、実は演出されたシーンだと分かります。本物のジュニアは、すでに宇宙に飛び立っており、テランスが連れてきたクローン・ジュニアを車のヘッドライトで彼の意識を目覚めさせたのです。
テランスと企業の目的は、クローンが人間の代替となり得るかをテストしていました。そんな中で、ヘンがクローン・ジュニアに惹かれていく様子を興味深く観察しています。彼らにとって、クローン・ジュニアは単なる実験対象に過ぎないのです。
テランスは本物のジュニアが帰還する前に夫婦の家に滞在し、クローン・ジュニアの感情をさらに追い込んでいきます。テランスがヘンにこっそりとインタビューしているのは、ジュニアが彼女にどんな感情をもたらしたか、データを取っているのです。
それによって、テランスは最終的に正気を失い、銃を発砲し始めてしまいました。クローン・ジュニアを非人間的な扱いで回収する様子をみて泣き叫ぶヘンの姿には、複雑な感情が現れています。
なぜヘンはジュニアとの生活をやめて家を出ていったのか
© Amazon Studios
冒頭のヘンのモノローグでは、彼女が破綻した結婚生活とジュニアが自分を見ていないことを明かしています。ジュニアは先祖代々続く農家で一生を終えることが誇りであり、ヘンにもそうであってほしいと思っているのです。
ヘンはクローン・ジュニアとの生活を通して、ジュニアをまだ愛することができると感じます。地球に帰還したジュニアに対して、彼女は夫婦関係を修復できる期待をかけますが、本物のジュニアは相変わらずの態度でした。
ジュニアが地球に帰還する直前、ヘンは自分の髪型を短く変えました。しかしジュニアがそれに気づくことはなく、彼が指摘したのは、ヘンのクローン・ジュニアに対する浮気でした。ヘンは音楽を好み、ピアノを引くことが好きでしたが、ジュニアには理解されず、ピアノは地下室にしまわれています。
さらに、久しぶりの雨が振り、ヘンは雨の中を楽しげに踊りますが、ジュニアはそれに応えません。クローン・ジュニアは2人が結婚したときに雨が降っていたことを覚えていましたが、本物のジュニアは覚えていないのです。
変化や自由な創造を好むヘンに対して、ジュニアは変化を望まない人間です。根本的に価値観の違う人間同士である2人の結婚は、そもそも成立するものではなかったのです。結果的に、ヘンは自身にとって最善である方法として、家を去っていくことを選びました。
ヘンがジュニアに残した白紙の手紙は、ジュニアとの結婚生活を象徴すると同時に、自由になった彼女の未来を切り開く様子にも受け取れます。
映画の終わりは、生まれたときから同じ場所、同じ仕事を続けようとするジュニアと、思い切って関係を絶ち、外に出ていくヘンという対称的な構図になっています。
映画のラスト、ジュニアの前にヘンが戻ってきた様子が描かれています。しかし、あのヘンはテランスが手配したクローン・ヘンだったのです。テランスはさらなる実験のために、ジュニアの空白を埋めるように、都合のいいヘンを置いていったのです。
カブトムシのモチーフ、ジュニアはなぜ潰したのか
映画では、カブトムシを発見したときの反応を繰り返し描いています。
一度目は、クローゼットから一匹のカブトムシを発見するシーン。ヘンは虫が家に寄生している可能性を察して消毒するように言いますが、クローン・ジュニアは何もすることができません。
二度目は、ラストで台所のシンクにカブトムシを発見するシーン。クローン・ヘンは見つめるだけで何もしませんが、本物のジュニアは酒瓶で潰して殺します。
これは表面的な意味において、昆虫(Bug)がクローンのバグ(システムエラー)を象徴する意味とも考えられます。
一方で、深い意味では虫がクローンを象徴しているとも考えられます。虫を見つめるクローンの様子と、本物のジュニアの様子は意図的に同じ構図で映されています。
映画の終盤において、クローン・ジュニアがテランスに回収されるとき、その姿を本物のジュニアが見つめていました。彼は自分の代替品であるクローンに対して、妻のヘンが愛情を持っていることを知ります。
つまりジュニアにとって、台所のカブトムシはヘンを争う「男性的な象徴」なのです。だから彼はカブトムシを潰したのです。同時に、それはクローンができなかった人間的な反応として、伏線を回収するものになっています。
また、ヘンの本名はヘンリエッタであるのですが、ジュニアは「ヘン」と呼び続けています。この「Hen」には英語で「雌の大人のニワトリ」という意味があります。
これは食肉工場で働くジュニアの様子とリンクし、ヘンがジュニアにとって「交尾目的のためのニワトリ」でしかない扱いであることを象徴しています。
『FOE(もっと遠くへ行こう。)』のタイトルの意味
日本語タイトルが『もっと遠くへ行こう。』ですが、原題は『FOE』です。これは英語で「敵」という意味です。基本的には「enemy」と同義ですが、英語辞書によると、「foe」はジャーナリズムやニュース、政治的な場面で使われる言葉、つまり「enemy」よりもフォーマルな言葉と記されています。
『もっと遠くへ行こう。』において、「敵」とは何を意味するのか。代表的な解釈として考えられるのは以下の3つ。
まず1つ目がテランスの存在。テランスが宇宙移住プロジェクトのリクルーターとしてやってきたことで、ヘンとジュニアの間に亀裂が生じます。「敵」は2人の関係に対する外的脅威として、あるいは2人が直面する感情的葛藤を表しています。
2つ目が内面的な葛藤です。これはヘンとジュニアの両方に当てはまります。ヘンにとっては、破綻した結婚生活と夫、クローンの夫との内面的な葛藤を、ジュニアにとっては、自分の存在がクローンに取って代わるという意味での実存的な危機での「敵」を考えることもできます。
3つ目がクローンです。複製されたクローンにとっても、自身がクローンであることを知ること、本当の自分と人工的な自分との間の葛藤が描かれています。彼にとって、テクノロジーによって人間を複製できる世界そのものが「敵」なのかもしれません。
まとめ:決して面白くはないが、良い映画ではある
今回は、『もっと遠くへ行こう。』をご紹介しました。
ユニークなストーリーは『ブレードランナー』的なアイデンティティを巡る物語が描かれています。物語的な抑揚はかなり抑えられているので、決して面白い作品ではありません。
しかし、主演の2人の演技を通して、夫婦関係の維持の困難さ、人間であることを考えさせる表現は嫌いになれません。シアーシャ・ローナン演じる妻の視点に焦点を当てていて、ゆっくりとSF的な世界観の人間ドラマを楽しめる映画でした。