市子

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映画

映画『市子』ネタバレ感想・考察|他者に象られる市子の存在

うちな、普通に生きていきたいだけや。

今回ご紹介する映画は『市子』です。

戸田彬弘監督&杉咲花主演、プロポーズの翌日に疾走した女性「市子」の半生を描いた物語。

本記事では、ネタバレありで『市子』を観た感想・考察、あらすじを解説。

まめもやし

2023年の邦画ベスト、杉咲花さんの新たな代表作といえる素晴らしい作品でした!

『市子』作品情報・予告

『市子』

市子

5段階評価

ストーリー :
キャラクター:
映像・音楽 :
エンタメ度 :

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あらすじ

川辺市子は3年間一緒に暮らしてきた恋人・長谷川義則からプロポーズを受けるが、その翌日にこつ然と姿を消してしまう。その後、長谷川は市子を捜しているという刑事から彼女についての信じがたい話を告げられる。

作品情報

タイトル市子
原作戸田彬弘「川辺市子のために」(劇団チーズtheater)
監督戸田彬弘
脚本上村奈帆
戸田彬弘
出演杉咲花
若葉竜也
森永悠希
倉悠貴
中田青渚
石川瑠華
大浦千佳
渡辺大知
宇野祥平
中村ゆり
撮影春木康輔
音楽茂野雅道
編集戸田彬弘
製作国日本
製作年2023年
上映時間126分

予告編

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劇場で公開中

おすすめポイント

掴めそうで掴めない「市子」の存在。

戸田彬弘監督&杉咲花主演、プロポーズの翌日に疾走した女性「市子」の半生を描いた物語。

「市子」の謎に迫っていくミステリーとしての面白さと、彼女のルーツを巡る物語を他の人間たちの視点で深ぼっていきます。

その先に待ち受けるラスト、描くテーマ、それを演じきった主演・杉咲花の圧巻の演技に目が釘付けになりました。

まめもやし
杉咲花さんの新たな代表作!

『市子』の監督・スタッフ・主演

監督:戸田彬弘

戸田彬弘
Dick Thomas Johnson, CC BY 2.0
名前戸田彬弘(とだ あきひろ)
生年月日1983年8月16日
出身日本・奈良県

主な監督作

  • 『ねこにみかん』(2014)
  • 『名前』(2018)
  • 『僕たちは変わらない朝を迎える』(2021)

本作の監督を務めたのは戸田彬弘。本作『市子』は、彼が主宰する「劇団チーズtheater」の旗揚げ公演作品『川辺市子のために』が原作。

撮影は深田晃司監督『本気のしるし』(2020)や片山慎三監督『岬の兄妹』(2019)などの撮影を担当した春木康輔。

主演:杉咲花

杉咲花
名前杉咲花(すぎさき はな)
生年月日1997年10月2日
出身日本・東京都

主な主演作

  • 『トイレのピエタ』(2015)
  • 『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)
  • 『青くて痛くて脆い』(2020)
  • 連続テレビ小説『おちょやん』(2020-2021)
  • 『法廷遊戯』(2023)

主演の市子役を演じたのは、杉咲花。出演は戸田彬弘監督が直筆の手紙で出演オファーを送ったことがきっかけ。

中野量太監督『湯を沸かすほどの熱い愛』で見せた圧巻の演技が印象に残っていますが、本作は彼女の新たな代表作となる一本。

本作では高校時代から28歳までの市子を演じているのですが、複数の時代の市子の姿をまったく違和感なく演じきっています。正直、同世代の俳優の中でも突出した演技力を感じました。

まめもやし

彼女の存在・演技力は同世代の俳優たちの刺激(あるいは絶望)になりますね…!素晴らしい演技でした!

『市子』のキャスト・キャラクター解説

キャラクター役名/キャスト/役柄
川辺市子(杉咲 花)川辺市子(杉咲 花)
恋人の前から忽然と姿を消した女性。
長谷川義則(若葉竜也)長谷川義則(若葉竜也)
市子と3年間一緒に暮らしていた恋人。
北秀和(森永悠希)北 秀和(森永悠希)
市子の高校時代の同級生。
後藤修治(宇野祥平)後藤修治(宇野祥平)
市子を捜索中の刑事。
川辺なつみ(中村ゆり)川辺なつみ(中村ゆり)
市子の母親。
小泉雅雄(渡辺大知)小泉雅雄(渡辺大知)
ソーシャルワーカーで市子の母・なつみの元恋人。
吉田キキ(中田青渚)吉田キキ(中田青渚)
市子の昔の友人。パティシエになる夢を持つ。
田中宗介(倉 悠貴)田中宗介(倉 悠貴)
市子の最初の恋人。
山本さつき(大浦千佳)山本さつき(大浦千佳)
市子の幼馴染。
北見冬子(石川瑠華)北見冬子(石川瑠華)
失踪した市子と接触していた女性。
(C)2023 映画「市子」製作委員会

本作はキャスティングの素晴らしさと俳優たち全員が見事に役を演じきっているところも見どころ。そしてその大部分が若手俳優たち。

『おちょやん』で杉咲花と共演した若葉竜也、彼と『街の上で』で共演した中田青渚、彼女と『うみべの女の子』で共演した石川瑠華、映画主演作はまだないものの多くの映画で存在感を残す森永悠希など。

そして宇野祥平、中村ゆり、渡辺大知ら若手俳優たちをサポートする形で存在感を示しています。特に市子の母を演じた中村ゆりさんは圧巻。

まめもやし

若手俳優たちがこの作品をきっかけにどんどん活躍してほしいですね!

映画『市子』のあらすじ

川辺市子は、3年間一緒に暮らしてきた恋人の長谷川義則からプロポーズを受けた翌日に、突然失踪する。そんな中、テレビのニュースでは山中で白骨化した遺体が発見されたと報じている。

途⽅に暮れる⻑⾕川の元に訪れたのは、市⼦を捜しているという刑事・後藤。後藤は、⻑⾕川の⽬の前に市子の写真を差し出し「この女性は誰なのでしょうか。」と尋ねる。

長谷川は刑事の後藤に同行して市子の行方を追い、市子の幼馴染や高校時代の同級生など、これまで彼女と関わりがあった人々を通して市子のルーツを知っていく……という物語。

ネタバレあり

以下では、映画の結末に関するネタバレに触れています。注意の上、お読みください。

市子が無戸籍となった理由(離婚後300日問題)

映画では、市子が無戸籍であることが明らかになりましたが、その背景にあるのは、いわゆる「離婚後300日問題」です。

離婚後300日問題とは、「離婚後300日以内に生まれた子どもは、実際には前夫の子ではなくても、戸籍上は前夫の子どもとする」という制度によって起こる問題。これは民法772条の「嫡出(ちゃくしゅつ)推定」によります。

嫡出推定で子が無戸籍になる例(離婚後300日問題)
法務省「無戸籍でお困りの方へ」をもとに作成

この嫡出推定によって、離婚後に再婚した夫との子供であるにも関わらず、戸籍上は前夫の子となり、それを避けるために出生届を提出しないことによって、無戸籍の子供が生まれてしまうというケースがあるのです。

これは1898年に施行され、100年以上改正されないままになってる法律。2022年にようやく民法改正案が可決・成立し、改正法は2024年4月1日から施行される予定。

改正されたポイント

  • 離婚から300日以内に生まれた子どもでも今の夫の子と推定する
  • 離婚から100日間、女性に限って再婚を禁止している規定を廃止する

法務省の令和2年の調査では、「離婚後300日問題」による無戸籍の子どもは808名いるとされています。

『市子』は無戸籍がテーマのひとつであるフィクションですが、長年、無戸籍者の支援活動をしている井戸まきえ氏によるノンフィクション作品『無国籍の日本人』も合わせて読んでみることをおすすめします。

無戸籍の日本人無戸籍の日本人
井戸 まさえ著

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加えて、貧困、移民問題が原因で出生届が出されずに無戸籍となった少年を描いたレバノンのナディーン・ラバキー監督による『存在のない子供たち』(2018)も必見です。

存在のない子供たち存在のない子供たち
ナディーン・ラバキー監督

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【ネタバレ感想】掴めそうで掴めない市子という輪郭

『市子』は先に紹介した「離婚後300日問題」にあるように、確かに生きているにも関わらず、社会には存在していないことになっている主人公を描いた作品です。

アイデアのルーツと原作

本作、もとは戸田彬弘監督による舞台が原作で、実話ではなく完全オリジナルの作品です。監督は、物語の着想が実体験に由来していると明かしています。

若くして亡くなった知人のSNSに「誕生日おめでとう」のメッセージが届く。その人はもう死んでしまったのに、SNS上では存在している。

この違和感を発端として、存在しているのに、いないものとされている人たちがいることに焦点を当てたといいます。

川辺市子のために
劇団チーズtheater『川辺市子のために』

原作の戯曲における市子のキャラクターは、実在していないかのような抽象化された存在として表現し、それを現すように舞台版のポスターは、市子が生きてきた時代背景を文字で綴り、それが市子のシルエットとなっています。

映画で似たような作品を挙げると、朝井リョウ原作の映画『桐島、部活やめるってよ』(2012)があります。戸田監督は舞台から映画にする上で、『桐島〜』的な不在の語り口ではなく、黒澤明監督の『羅生門』(1950)のような、複数の人物による証言の手法を選択したと明かしています。

複数の人物を通してキャラクターが象られていく様子は、同じく2023年公開の是枝裕和監督の『怪物』にも近い印象がありました。

怪物
【ネタバレ】映画『怪物』考察・感想|アイデンティティと自己受容

主人公の謎に迫るミステリーと、その先

本作は、謎の失踪を遂げた市子の背景を、彼女のことをほとんど知らなかった長谷川が知っていく様子を描いています。私たち観客は長谷川を通して、市子が抱えている問題を徐々に知っていくのです。

この構成は、指名手配犯をさがしに向かって疾走した父親をさがす娘を描いた片山慎三監督『さがす』(2022)や、平野啓一郎原作で映画化された『ある男』(2022)にも通じます。

さがすさがす
片山慎三監督

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ある男ある男
石川慶監督

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『市子』では、長谷川が市子のかつての知人たちの証言を得ていく様子と、市子の過去の回想シーンが入り交じる形で、時系列もバラバラに表現されています。

これが見事に働き、物語が進んでいくと市子の輪郭が浮かび上がってきますが、その輪郭は最後まで曖昧で、ぼやけています。市子を必死に探す長谷川の思いとは裏腹に、彼は市子と再会することはできませんでした。

こぼれ落ちる涙・吹き出る汗

冒頭、市子がプロポーズされて涙を流すシーン。長谷川が渡すのは結婚指輪ではなく婚姻届でした。これは彼女のルーツ(無戸籍)への伏線になっていて、それが明らかになっていくことで、彼女の涙の裏にある複雑な内面を描いています。

このシーン、実は泣くことは台本にない演出だったようで、戸田監督は杉咲花さんの演技に圧倒されて採用したとJ Movie Magazineのインタビューで明かしています。

思い返してみると、『市子』において「涙・汗・雨・海・水槽」に至るまで、水を感じさせるシーンが印象に記憶に残っています。

最高や。全部流れてしまえ!

これは高校時代、突然降ってきた雨に打たれる市子が発するセリフ。彼女の小さな肩にのしかかる重荷・抱える過去を、雨に洗い流してしまいたいという心の叫びのように映ります。

以下ではそれらの表現がどのような意味があったのかを考察していきます。

【ネタバレ考察】“いま”を生き抜く市子の姿

「普通に生きたいだけ」と言う市子ですが、彼女には過去がまとわりつき、重くのしかかります。なんとか蓋をしてやり過ごそうとしますが、それらは彼女の涙や汗のように、時折、噴き出てくるのです。

市子と長谷川の稀有な関係

「3年間も付き合っているのに、長谷川は市子のことを知らなすぎる」と思う人もいるでしょう。

長谷川が何も知らないという要素は、観客が彼と一緒になって市子の秘密に迫っていくミステリーとしての機能だけでなく、彼が市子の過去を探ろうとしなかったことに重要な意味があると感じています。

長谷川役の若葉竜也さんは、市子パートの台本をあえて詳しく読まずに、役を演じる中でリアルに知っていったと明かしています。(J Movie Magazineインタビューより)

恐らく、市子は長谷川を愛していたと思います。過去に蓋をしたい市子にとって、長谷川のような存在は間違いなく救いになっていたと思うのです。

そんな長谷川ですが、プロポーズ(婚姻届)という「法的」に市子の過去に近づいたことで、法律からこぼれ落ちて無戸籍となった市子は、離れる選択を選ぶしかなかったのです。

思うに、市子が失踪せず、その上、長谷川に過去を明かさずに「結婚はできないけど一緒にいたい」と言ったとしたら、長谷川ならそれでも構わないと受け入れたのではないでしょうか。しかし、これは私の希望的観測です。

ただ、あのときの市子の涙には、婚姻届が去らざるを得ない悲しさだけではなく、それが市子の夢である「普通の生活」を象徴するものでもあり、そんな複雑な感情の発露として、彼女の涙(泣き笑い)に現れていたと感じます。

ラストシーンの意味

母と市子が歌う鼻歌、童謡『にじ』

さて、市子はどうなったのでしょうか。ラストシーンの市子は、母親譲りの鼻歌を歌いながら歩いている様子が映されます。これは冒頭のシーンで描かれていた場面と同じものです。

この構成、ポン・ジュノ監督の『母なる証明』におけるキム・ヘジャ演じる母の姿を思い出さずにはいられません。

母なる証明母なる証明(2009)
ポン・ジュノ監督

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『母なる証明』は、女子高生殺人事件の容疑者となった知的障害の息子の無実を証明するために奔走する母親の姿を描いたドラマ。

冒頭と最後で、母親が奇妙なダンスを踊るシーンが描かれるのですが、これは事件の真相を知った母親が、自分の記憶のツボを突いて忘れる(母親は鍼灸師)というラストになっています。

これが意味するのは、事件の真相、息子を守る過程で犯した罪からの解放であり、これは『市子』における鼻歌を歌う市子の姿と重なります。

『母なる証明』の文脈で考えると、市子は、同級生の北を殺し、自殺志願者である北見冬子は自殺、そして彼女に成り替わったと考えることができるでしょう。

誰が市子を断罪できるのか

『市子』を“正しさ”というメガネをかけて観ると、市子の犯した罪は決して許されるものではありません。

市子には指定難病である筋ジストロフィーの妹・月子がおり、市子はヤングケアラーです。もちろん同級生たちは知る由もありません。

ある時、市子は月子の呼吸器を外して彼女の命を奪います。母親の川辺なつみが夜の仕事から帰ってくると、事態を把握した彼女は「市子、ありがとう」と言うのです。このシーンの強烈さ…。

市子がしたことは、「正しさ」というところから見れば決して正しくはないかもしれない、でもじゃあ、誰がその市子を断罪できるのか。そんなことも感じてもらえたらと考えていました。

otocoto戸田彬弘監督インタビューより

社会制度の隙間を落ちていく市子。劇中を通して、市子は逃げ続けていきます。それは紛れもなく苛烈な社会を生き抜くための行動であり、市子は「市子」であることを諦めないのです。

原作のタイトルは『川辺市子のために』ですが、監督は映画化にあたってどうしても『市子』というタイトルにしたかったと明かしています。(東洋経済オンラインのインタビューより

戸籍がなく、社会的には存在しない市子。映画で描かれるのは、単純な「悲運な主人公」ではありません。

ラストシーンの突き抜けるような青空と、焼け付くような太陽に照らされて汗を滴らせる様子には、生々しいまでの生きている人間の姿がありました。

市子からこぼれ落ちる涙、吹き出る汗が象徴するように、彼女は確かに、いまもどこかで生きている。

まとめ:紛れもなく杉咲花の代表作となる一本

今回は、戸田彬弘監督、杉咲花主演の映画『市子』をご紹介しました。

杉咲花さんの演技力の高さはこれまでの作品でも明白でしたが、本作での演技は紛れもなく彼女のキャリアの中でも重要な一本となることでしょう。

彼女が演技についてインタビューで以下のように語っています。

きっと、どこまで行っても、他者は他者でしかなくて。だから「入り込む」なんていうことはとんでもないなと。それは実生活で誰かと向き合うときもそうですし、「相手のことがわからない」という感覚が根底にありながら、必死に想像して接近を試みる。自分とは違う他者に共振しながら、限りなく近づいていこうとする行為が、「演じる」ということなのかなあと、いまは思っています。

CINRA杉咲花のインタビューより

人は往々にして他者を「わかった」気になります。「わからない」ことをわかること。オリジナルのフィクション作品として、本作が投げかけるテーマは意義がある。

…笑うやろ。幸せな時期もあったんやで。

この言葉はウソじゃない。エンドロールで耳を澄ますと、セミの鳴き声と一緒に微かに聞こえる声があります。

間違いなく自分にとって2023年の邦画ベスト作品のひとつですが、あまりにも公開規模が小さすぎる。多くの人に、この映画を、市子を知ってほしいと願わずにはいられません。

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