今回ご紹介する映画は『スパイの妻』です。
黒沢清監督による作品で、太平洋戦争間近の日本で偶然恐ろしい国家機密を知ることとなった夫婦を、蒼井優さんと高橋一生さんが演じています。
黒沢監督は本作において、世界三大映画祭のひとつであるベネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞しました。
歴史ドラマを描いていますが、黒沢清監督のエンタメ力が非常に上手く効いていて、誰もが飽きることなく楽しめる作品に仕上がっていました。
本記事は、映画『スパイの妻』のネタバレ感想・考察記事となります。
映画『スパイの妻』の作品情報とあらすじ
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今すぐみる『スパイの妻』のスタッフ・キャスト
監督:黒沢清
出典:https://wos.bitters.co.jp/
『スパイの妻』の監督を務めたのは、日本映画界でも確固たる地位を築いている黒沢清監督。
ポルノ映画からホラー映画、SF映画に至るまで、さまざまなジャンルの映画を撮ってきた黒沢監督ですが、歴史ドラマを撮るのは今回が初めてだと言います。
過去には、カンヌ国際映画祭で『トウキョウソナタ』や『岸辺の旅』がある視点部門で受賞した経験を持っていますが、本作『スパイの妻』では北野武監督『座頭市』から17年ぶりにベネチア国際映画祭で監督賞にあたる銀獅子賞を受賞しました。
福原聡子役:蒼井優
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主人公、国家機密を知ってしまった夫を支える妻・聡子役には蒼井優さんが配役。
演技に定評のある蒼井優さんですが、今作においても抜群に演技が素晴らしいです。
時代を反映した独特のセリフ回しが特徴の本作ですが、まったく違和感なく見られるのも彼女の上手さがもたらしているのだと感じます。
蒼井優さんが出演しているだけでなんか安心感がありますよね!
福原優作役:高橋一生
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国家機密を知り、正義感から公表しようとする貿易会社の社長で聡子の夫・優作役には、高橋一生さんが配役。
少し影のあるような役柄がハマる印象が強い方ですが、そういう意味でも本作の配役は彼に合っていて、蒼井優さんとの演技は抜群に相性が良いと感じます。
蒼井優さんとの相性が抜群にいいです!
津森泰治役:東出昌大
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聡子の幼なじみで、神戸憲兵隊の分隊長である津森を演じたのは東出昌大さん。
東出さんはプライベートがなにかと話題になりましたが、個人的には映画界に欠かせない俳優だと感じます。
本作では、憲兵隊という立場で、聡子と優作の夫婦を追い詰めていく役割を好演していました。
例の事件があってから、東出さんの人間っぽさが映画にも滲み出しているような気がします。
脚本:濱口竜介・野原位
本作の脚本を務めた濱口竜介さんと野原位さんは、東京芸術大学大学院映像研究科にて黒沢清監督の授業を受けていた教え子でもあります。
濱口竜介さんは『ハッピーアワー』『寝ても覚めても』などの映画監督としても活躍しており、『パラサイト/半地下の家族』のポン・ジュノ監督も、2020年に注目すべき映画監督のひとりとして濱口監督の名を挙げています。
濱口竜介監督は間違いなく今後の日本映画を背負っていく重要人物の一人ですよね!
音楽:長岡亮介
本作の音楽を手がけたのは、「ペトロールズ」のフロントマンであり、「東京事変」のギタリスト“浮雲”としても知られている長岡亮介さん。
『スパイの妻』にまつわるエピソード
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もともとはNHKドラマ
『スパイの妻』は、2020年の6月にBSで放送された、もともとはNHKの8K・スーパーハイビジョン撮影によって制作されたドラマでした。
それをスクリーンサイズや色調を新たに劇場版として公開したのが本作となります。
制作がNHKであり、かつ元々はドラマだったということもあって、映画というよりも朝ドラや大河ドラマのように見える瞬間が結構ありました。
一方で、衣装や美術へのこだわりが強く感じられて、時代感を感じられる建物の内外の様子や服装はかなり完成度が高いと感じます。
良くも悪くも映画というよりは大河ドラマっぽいんですよね…!
蒼井優×高橋一生の抜群の安定感
蒼井優さんと高橋一生さんといえば、2020年公開の映画『ロマンスドール』でタッグを組んだばかりの2人。
同年公開の映画で2人揃って主演を務めるというのはなかなか珍しいですが、一度主演として共演しているため2人の演技の安定感は抜群でした。
ネタバレあり
以下では、映画『スパイの妻』の結末に関するネタバレに触れています。注意の上、お読みください。
【ネタバレ感想】あくまでも“黒沢清”流の歴史ドラマ
“黒沢清監督”流の歴史ドラマ
本作は「黒沢清監督が描く初めての歴史ドラマ」ですが、良くも悪くも歴史を深堀りすることはありませんでした。
太平洋戦争間近の日本を中心に、満州やアメリカなども登場しますが、歴史的な背景はほとんど描かれません。
あくまでも“黒沢清流”に描いていて、しっかりエンタメとして面白い内容になっていました。
多くの人が楽しめる歴史エンタメ作品としては素晴らしいです!
物語の軸となるのは、国家機密を知ってしまった夫婦と国家という「個人と社会」の関係性。
同じような構図で言えば、一人の男がアメリカの国家機密を暴いた、実話を元にした映画『スノーデン』が近い印象でした。
夫婦が知ることになる国家機密の背景
聡子や優作が知ってしまう国家機密、それは、満州で行われていた、ペストの人為的拡散でした。
本作はフィクションですが、この国家機密は「731部隊」を想像させます。
メモ
731部隊とは、第二次世界大戦の頃に存在した研究機関で、満州に拠点を置き、兵士の感染症予防の傍ら、人体実験や生物兵器の実験を行っていたと言われています。
しかし、あくまでもそれは物語のプロットの一つという位置づけ。
物語としては、国家機密を知るまでの前半、知ってから亡命に向けての後半という構成になっています。
印象的なのは、夫婦の関係性が国家機密を通して強まっていく点。
2人の会話においても、優作と聡子の主導権が頻繁に入れ替わるやり取りが見ていて面白く、後半にかけてアクセルがかかってからは一気にひきこまれました。
テンポよく進んでいく後半
後半で、聡子と優作の2人は別々に亡命することとなります。
計画通りに聡子は船の貨物に紛れて亡命を図りますが、何者かの報告を受けてやってきた津森たち憲兵隊にあっさり捕まってしまうのでした。
取り調べを受けても黙秘する聡子に対し、憲兵隊たちは彼女が持っていたフィルムを奪ってみることに。
それは本来、国家機密を暴くためのフィルムのはずでしたが、そこに映し出されたのは優作が聡子を撮った映画の映像だったのです。
聡子は優作の正義を信じ、「スパイの妻」として共に生きていく覚悟を決めたにもかかわらず、優作によって本当の意図を知ることになるのでした。
この辺りは丁寧な伏線回収となり、黒沢監督らしい、ただでは終わらない演出でしたね!
そして1945年3月、精神病院にいた聡子でしたが、空襲を受けた神戸の街は焼け野原になり、さまよう彼女は海辺で泣き叫ぶというラストシーンになります。
海が黒いと言っていいほどにダークな色をしていて、虚無感を感じながら歩いていくシーンは『トウキョウソナタ』のキョンキョンのシーンを彷彿とさせました。
【ネタバレ考察】 『スパイの妻』というタイトル
スパイと時代背景
本作は『スパイの妻』というタイトルですが、劇中で優作が「スパイではなく、自分の意志で行動している」と語っているように、いわゆる「スパイ」といった意味はありません。
しかしながら、あの時代における夫婦の行動が、憲兵隊長の津森が言うように売国奴と見られてしまうこと、憲兵隊たちが拷問をしてまでも国のために尽くしていたという背景が非常に効いてくるのです。
印象的なのはラストの聡子のセリフ。
私は一切狂っておりません。でもそれがこの国にとっては狂っているということなんです。
聡子は優作の仕打ちに対して狂ったように「お見事!」と言いますが、それは優作が聡子を危険に晒せないようした選択だったのです。
あの時代における男女の関係性を上手く映画的に落し込んだ演出だったように感じます。
それも、本作が歴史ドラマでありメロドラマでもあるところに起因するのでしょうね。
ところどころに宿る黒沢清監督のエッセンス
歴史ドラマとして描かれる本作ですが、劇中の各所に黒沢監督ならではのエッセンスが散りばめられていました。
具体的にいえば、移動シーン中の窓を光で飛ばすスクリーンプロセスや、会話シーンの引きの画と真正面のクローズアップ、長回しで大人数の動きを捉えたシーンなど、挙げればキリがないほどに感じられます。
国家機密である人体実験の様子を映した映像のシーンでは、無音で淡々と記録フィルムが流れたり、そのフィルムの隠し場所となる廃墟が『CURE』を彷彿とさせる不気味さを演出していました。
ラストに関して
一方で、個人的に気になったのが、ラストの演出。
ラストでは、優作の死亡が確認されたものの、その書類には偽造が見られ、数年後に聡子がアメリカに渡ったと文字で説明されます。
このラストが個人的には引っかかってしまいました。完全なる私の好みでいえば、優作の行く末はもっと想像させる展開にした方が良かったように感じました。
というのも、フィクションである本作において、映像として描かずに文字で説明してしまうと、どうも後付け感が否めないんですよね。
とはいえ、あの文字の説明がないと、あまりにも救いがないので、NHKドラマとしての配慮とも感じられますね!
【まとめ】『スパイの妻』は完成度の高い舞台劇のよう
今回は、黒沢清監督が初めて歴史ドラマを描いた『スパイの妻』をご紹介しました。
本作は、蒼井優さん、高橋一生さん、東出昌大さんの3人を中心とした舞台劇のようにも思える演者の映画でした。
それを補完する、衣装や美術などの小物へのこだわりの完成度も高くてさすがNHK制作というところでしょうか。
社会派の映画が選ばれる印象が強かったベネチア国際映画祭ですが、本作はいい意味でもエンタメ性があって、歴史ドラマといっても多くの人が見やすい形になっています。
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