今回ご紹介する映画は『aftersun アフターサン』です。
本記事では、ネタバレありで『aftersun アフターサン』を観た感想・考察、あらすじを解説。
深い余韻を残すヒューマンドラマです!
『aftersun/アフターサン』はプライムビデオで見放題!
『aftersun/アフターサン』作品情報・予告・配信・評価
『aftersun/アフターサン』
あらすじ
11歳のソフィは、離れて暮らす父・カラムとトルコのリゾート地で親密な時間をともにする。20年後、カラムと同じ年齢になったソフィは、大好きだった父の当時は知らなかった一面を見出してゆく……。
5段階評価
予告編
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作品情報
タイトル | aftersun/アフターサン |
原題 | Aftersun |
監督 | シャーロット・ウェルズ |
脚本 | シャーロット・ウェルズ |
出演 | ポール・メスカル フランキー・コリオ セリア・ローソン=ホール |
音楽 | オリバー・コーツ |
撮影 | グレゴリー・オーク |
編集 | ブレア・マクレンドン |
製作国 | イギリス・アメリカ |
製作年 | 2022年 |
上映時間 | 101分 |
動画配信サービス
配信サイト | 配信状況 |
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おすすめポイント
かけがえのない記憶をたどる。
シャーロット・ウェルズ監督&ポール・メスカル主演、31歳の父と11歳の娘が過ごしたある夏休みを描くヒューマンドラマ。
当時の父親と同じ年齢になった娘が、ビデオカメラの映像を通してかつての父親に想いを馳せる。
サブテキストに満ちた映画ですが、同じ時を過ごした父と娘の主観の視点と、ビデオカメラによる客観的視点を通して、「記憶」を巡る旅を描いた映画。
映画『aftersun/アフターサン』のスタッフ・キャスト
監督:シャーロット・ウェルズ
名前 | シャーロット・ウェルズ |
生年月日 | 1987年6月13日 |
出身 | スコットランド/エディンバラ |
監督は本作が長編映画デビューとなるシャーロット・ウェルズ。
文春オンラインのインタビューで、「感情的な自伝」と語る本作。物語はフィクションですが、監督が家族と過ごした思い出や記憶をもとにしています。
サブテキストに満ちた本作ですが、父を探索しようとするも「理解できない部分が残る」こともリアルで、共感できる普遍性をもたらしていました。
長編デビュー作にしてこの演出、すごすぎます…。
ポール・メスカル(カラム役)
名前 | ポール・メスカル |
生年月日 | 1996年2月2日 |
出身 | アイルランド・キルデア |
ソフィの離れて暮らす父親、カラムを演じたのは、ポール・メスカル。
ゲーリックフットボール(アイルランドの手を使える15人制サッカー)の選手でしたが、怪我で断念し、舞台役者に転向。ダブリン大学リール・アカデミーで演技の学士号を取得。
サリー・ルーニーの小説を脚色したレニー・アブラハムソン監督の『ノーマル・ピープル』の演技で話題を呼びました。
ソフィへの徹底した優しさと心の問題を抱える父親という繊細な役柄を見事に演じています。
フランキー・コリオ(ソフィ役)
名前 | フランキー・コリオ |
生年月日 | 2010年?月?日 |
出身 | スコットランド/リビングストン |
本作で映画初出演、初演技となるフランキー・コリオ。オーディションで800人の中から選ばれ、ソフィ役を射止めました。
2023年夏には、2作目の長編映画、コーム・マッカーシー監督の『The Bagman(原題)』 に出演予定。
ポール・メスカルとの父娘の様子は、演技とは思えないほど自由で自然でした!
ネタバレあり
以下では、映画の結末に関するネタバレに触れています。注意の上、お読みください。
【ネタバレ解説】『aftersun アフターサン』のあらすじ内容
(C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
物語はビデオカメラの起動音と共に始まる。映像には、11歳のソフィ(フランキー・コリオ)が、父カラム(ポール・メスカル)に「11歳のときに想像した31歳ってどんなだった?」とインタビューする様子が映される。カラムは「カメラを止めて」と言うと、映像は静止してしまう。
ストロボ点滅するパーティ会場のようなフロアでは、目を閉じた女性(大人になったソフィ)の姿があった。ビデオに記録された「カラムとソフィが過ごした夏休み」のモンタージュ映像が流れると、ソフィは目を開ける。
トルコでの休暇
(C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
11歳のソフィはアイルランドのエディンバラに母親と暮らしており、離れて暮らす31歳になる父親カラムとトルコで休暇を過ごすことになる。その様子をビデオカメラに記録した映像が映画全体に散りばめられている。
トルコのリゾートホテルに着くと、ツインルームのはずがベッド一つしかなく、カラムは小さなエクストラベッドで寝ることになる。
疲れて寝てしまったソフィに布団をかけると、カラムはそっとバルコニーに出て、片腕のギプスを不便そうにしながらタバコに火をつけ、ソフィの小さな寝息が聞こえる中、体を揺らしながら深い夜の闇の前で一服する。
リゾートホテルにはティーンエイジャーのグループやカップルなど、様々な宿泊者がいた。ソフィは若いカップルが触れ合ったり、キスをしたりする様子をそれとなく観察していた。そんな中、ソフィは同年代の少年マイケルとレーシングゲームで遊び、知り合う。
カラムとソフィは特に何かをするでもなく、ただプールサイドで横になったりして時間を過ごす。ソフィは「離れていても太陽を見れば同じ空の下、パパを近くに感じる」と話す。
光と闇
(C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
ある日、2人はスキューバダイビングに出かける。カラムが買った高価なダイビングマスクをソフィが海に落としてしまう。カラムは海に飛び込み、深くまで潜っていく。
カラムは失くしたことで怒ることはせず、ソフィも察したように謝っていた。そんな中、カラムはダイビングのインストラクターに「30歳まで生きられたことに驚いている」と言い、一方で「40歳まで生きられるとは思えない」と打ち明けていた。
その後、2人はトルコ絨毯店に行く。ソフィが高価な絨毯を気に入った様子を見せると、その場では買わなかったものの、後にカラムは一人で訪れ、その絨毯を購入する。
その夜、2人はホテルで開かれていたカラオケ大会に遊びに来た。ソフィはカラムと一緒に歌おうとしてリクエストしていた。しかしカラムは乗り気ではなく、素っ気なく断ってしまう。
ソフィは一人でステージに上がり歌を披露するが、カラムが歌ってくれなかったことで機嫌を損ねる。歌のレッスンを提案するカラムに対し、「そんなお金がないのに言わないで」と言ってしまい、カラムは一人で部屋に戻っていき、ソフィは会場に一人残ることになる。
カラオケでソフィが歌うのはR.E.M.『Losing My Religion』。直訳の「信仰を失う」意味ではなく、リーダーのマイケル・スタイプいわく「誰かに恋い焦がれる想いを歌った曲」。当時は分からなかったカラムの心中を理解しようとするソフィの想いにリンクします。
ソフィは、ほかの宿泊者の若者らと過ごした後、マイケルと遭遇し、人気のないプールでキスを交わす。一方、一人になったカラムは夜の海に向かって歩き始め、姿が見えなくなるまで深く入っていく。ソフィが部屋に戻どると鍵が閉まっていたが、受付に開けてもらって入る。カラムは全裸になってベッドで寝ており、ソフィは彼に布団を掛ける。
翌日、2人は硫黄の泥温泉に行くと、そこで仲直りする。その日、31歳の誕生日となったカラムに「おめでとう」と伝えると、嬉しそうな表情を浮かべていた。
その後、ソフィは円形闘技場跡で、他の観光客らに声をかけ、誕生日を祝う歌をプレゼントする。カラムはその様子を静かに噛みしめていた。その後、カラムは部屋で一人、ソフィに宛てた手紙を足元に、肩を震わせながら涙を流していた。
別れ
休暇の最後の夜、2人はディナーを取り、ポラロイドカメラで写真を撮ってもらう。その後、2人はパーティ会場へ向かうと、カラムが曲に合わせてダンスを始める。促されてソフィもダンスをし、別れを惜しむように2人は熱いハグを交わす。
曲に合わせて、ストロボのシーンでは大人になったソフィがカラムを見つけてハグする様子が重ねられる。
最後のダンスシーンで流れるのは、Queen&David Bowieによる『Under Pressure』。イギリスを代表するスーパースターの夢のコラボレーション。こちらについては後ほど詳しく考察します。
2人の短い休暇は終わり、帰省するソフィを空港で見送る。カラムはソフィが搭乗口から姿が見えなくなるまでビデオカメラに記録し、2人は「I Love You」と伝え合い、彼女が笑顔で手を振る様子が映される。
劇中では、ソフィが大人になったシーンが合間に差し込まれる。そこではソフィがパートナーと暮らし、別の部屋で赤ちゃんが泣いている様子が伺える。カラムが購入した絨毯がベッドの下に敷かれていたが、そこにカラムの姿はない。彼女はカラムのビデオカメラを起動し、トルコでの休暇の記憶に想いを巡らせていた。
円を描くようにカメラがパンし、大人になったソフィがアパートで父との記憶が残されたビデオカメラの映像を見ている。さらにカメラがパンすると、空港でのソフィ側からの視点が映され、ビデオカメラを閉じて奥の部屋(ストロボのフロア)へ入っていくカラムの姿で幕を閉じる。
【ネタバレ感想】愛おしくも寂しい記憶の旅
(C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
「パパは子供の頃に夢見た自分になれた?」
是枝裕和監督の映画『海よりもまだ深く』で、阿部寛さん演じる主人公が、離婚した妻と暮らす息子から質問される一言。自称作家で、しがない探偵をする主人公はしかめっ面で「まだなれてないよ」と答える。
『aftersun/アフターサン』の冒頭、11歳のソフィは、2日後に31歳を迎える父親カラムに「11歳の頃に想像した31歳ってどんなだった?」とビデオカメラを向けて質問します。カラムは答えず、カメラの電源を消してしまいます。
子供が何気なく放った一言が、大人にはナイフのように鋭く突き刺さることがある。
『aftersun/アフターサン』は、トルコの日差しが照りつけるビーチで父と娘が過ごしたひと夏の記憶を巡る旅を描きます。離れて暮らしている父娘が過ごした短い夏休みは、太陽が煌めくように眩しい一方で、時折、暗い影を落とす。
多くは明かさず、サブテキストに満ちた映画ですが、同じ時を過ごした父と娘の主観の視点と、ビデオカメラを通した客観的視点の使い分けが抜群に意味を持つ映画でした。
娘と父の対比
(C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
カラムはダイビングをした時に「30歳になるなんて信じられない」と話していて、時の流れの早さに驚く様子を見せます。ソフィはカラムが20歳の時の子であることからも、そこに少なからず時の流れを早くさせる「プレッシャー」があったのだと想像できます。
娘に護身術を教えたり、ティーンの若者たちと過ごすのを心配そうにする様子も、それとなく自分と同じ道を歩まないようにしているようにも思えます。
2人の会話から、ソフィとカラムの誕生日が近いことも分かり、カラムは娘の誕生日を祝う度に自分がまたひとつ歳を取ることを意識してしまうのです。
仕事では新しい事業を始めるようですが、それも上手くいくか分からない様子。パートナーとも別れたようで、若い宿泊者が「オールインクルーシブ(何でも頼める権利)」を持っているのに、2人はそうではない、経済面でもギリギリなのだと想像できます。
そのため、ソフィのお金を心配する様子に対して引け目を感じていたのだと思います。
カラムは過ぎ去った時間を取り戻すように、自己啓発本や太極拳の本、インドの伝記本など、あらゆる種類の本を持ってきていました。(実在する本と実在しない本が混ざっています)
一方で、娘のソフィは早く大人になりたい様子が伺えます。
彼女は年上のティーンエイジャーたちに混ざったり、彼らの話す性に関する話に興味を示したり、カップルがキスする様子も気になっている。さらには、宿泊者のアーケードゲームで少し遊んだだけの男の子マイケルとキスをしてみたり。
余白を想像させつつ、目の前の優しさに触れる
ソフィがカラムにインタビューするシーンは繰り返し描かれますが、冒頭のシーンは、大人になったソフィがビデオカメラの映像をテレビにつないで見ていることが後に分かります。(テレビにソフィのシルエットが反射して映っています)
つまり本作は、11歳の頃に父と過ごしたひと夏の記憶を、父親と同じ年齢になったソフィが、父が撮ったビデオカメラの映像を通して当時の父に想いを馳せる形で進むのです。
カラムが現在どうなっているのか、大人になったソフィの詳しい生活の様子も描かれることはありません。カラムはすでに亡くなっていると思われます。それを想像させる描写はいくつもありました。
離れ離れになった娘とのひと夏の楽しい瞬間であると同時に、そこには拭えない暗い影が広がっているのです。カラムは見るからにメンタルヘルスの問題を抱えていることが分かります。
ソフィの小さな寝息が響く中、こっそりタバコを吸う姿が闇に消え入りそうだったり、バスに轢かれそうになったり、ギプスを無理やり外したり、歯磨き中に鏡の自分につばを吐いたり、バルコニーのフェンスに立ったり、夜の海に入水したり、肩を震わせて号泣したり…。
カラムが抱えていた心の問題がどんなものだったのかは分かりません。カラムは自分の11歳のときの誕生日について、「誰も誕生日だと覚えていなかった。それを母に伝えると怒られて、耳を引っ張られた後に父におもちゃを買ってもらった」と語っています。故郷のエディンバラにも帰ることはないと話していました。
カラムは両親からの愛を受けておらず、それが人生に長く影を落としているのかもしれません。どうして父はいなくなってしまったのか。ソフィの記憶の中の“あの夏”は、確かに煌めいていたはず。
繰り返しビデオカメラの巻き戻すような音が聞こえることからも、彼女は何度も何度も巻き戻し、若き日の自分と、その時父がどんな気持ちだったのかを汲み取ろうとします。
あの夏、父が見ていた景色は違ったのかも知れない。でも、記憶の中の父はずっと優しかったし、それは映像としても記録されている。
カラムは心の問題を抱えながらも決してソフィの前でそれを出すことはなかった。その揺るがない事実こそ、真に心を動かすものでした。泣いている姿すら、背中越しで観客にすら見せないのです。
ビデオカメラに残された客観的現実と、ソフィ/カルムの主観の記憶。その描き分けが見事。
ソフィはいくらビデオカメラを見返しても、父が抱える闇を知ることはできないでしょう。なぜならカルムが一人でいるとき(泣き崩れたり、夜の海に消えて行く様子)は、ビデオカメラに残されていないから。
本作はどうしようもない寂しさを残します。
(C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
ソフィとカラムが壁を境に背中合わせになるシーン。ソフィはゴシップ雑誌を読んでいましたが、しれっとカラムに渡された本にすり替えていました。一方、カラムは腕のギプスを小さなハサミで必死になって切ろうと苦戦しています。
2人の間の隔たりを象徴するようなシーンです。カラムはギプスが象徴する、自分を抑圧するものに対して必死に抵抗しているのに対し、ソフィはそれを知る由もなく、気になる雑誌を読んでいるのです。
しかし、父と同じ年齢になり、パートナーもいて赤ちゃんも育てる身になって、当時の父が抱えていただろう様々な精神面の負担をだんだんと理解できるようになってきていた。
カラムの心を巡る旅の果てに、ソフィは文字通り父の心を抱きしめます。ラストシーンはある意味ズルいといえるほど、音楽との完璧なマッチでエモーショナルに描かれます。
【ネタバレ考察】『Under Pressure』とストロボ点滅シーン
(C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
『aftersun/アフターサン』は、サブテキストに満ちた映画であり、多くを語らない一方で、それをサポートするように音楽が、歌詞が映画を彩ります。
中でも特筆すべきはカラムとソフィが最後の夜にダンスするシーンでしょう。エモーショナル全開で涙腺を刺激しまくるシーン。
使用されたのは、1981年リリース、クイーン&デビッド・ボウイの『Under Pressure』。
全英1位の世界的名曲を最後に持ってくるあたり、正直にいえば飛び道具のようにも思えますが、それが“エモいラストにするための飛び道具”ではなく、映画と完璧にリンクする設計によって、涙なしでは観られない味わい深い余韻を残すのです。
『Under Pressure』
まずは上記の『Under Pressure』のMVをご覧ください!
一度聴いたら忘れない特徴的なベースラインから始まる『Under Pressure』。
『Under Pressure』のクリエイティブなMVは、東京の人で溢れる通勤ラッシュのファーストカットから始まり、『戦艦ポチョムキン』や『吸血鬼ノスフェラトゥ』、ビルの崩壊映像、ロケットの打ち上げ失敗、世界恐慌における失業者たちや抗争など、短いシーンがサブリミナル的に挟まれます。MVにはクイーンもボウイも登場しません。
『Under Pressure』のタイトルの通り、「プレッシャーや圧力、ストレス」を歌った歌。この楽曲の解説でよく言われるのは、人生におけるプレッシャーと、恋愛におけるプレッシャーの2つ。
学校に通う、仕事をする、結婚する、子育てする、お金を稼ぐ、介護する…、人生にはどの年代、どのライフステージにおいても、あらゆるストレスがあります。その中で、社会貢献したり、自己実現したりしていくにはあまりにもプレッシャーが多すぎる。
一方、恋愛におけるプレッシャーも大きいのも現実。それは結婚や子育てという意味も含みますが、セクシュアリティについても言えます。フレディ・マーキュリーがクィアであることは今となっては知られていますが、彼がエイズでこの世を去った時の世の反応を見れば、彼がどれほどのプレッシャーを受けていたのかを理解しようとすることはできるはず。
映画では、まさにカラムが人生におけるプレッシャーに押しつぶされそうになっている。そして、当時はそれを知る由もなかったソフィも、時を経てそれを理解するのです。(大人になった彼女はクィアと見られます)
ストロボシーンは何だったのか
(C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
劇中で繰り返されるストロボシーンは一体何だったのか。あれはソフィの想像上の空間で、「亡きカラムと会うことができる生と死の境界」だと思いました。ソフィの言葉を借りれば“心のカメラ”とも言えます。
ストロボシーンのソフィの様子を整理してみます。
- 冒頭ストロボシーン:目を瞑る→思い出の断片→目を開く
- 大人になったソフィがカラムの死の背景を知ろうとする描写
- 中盤ストロボシーン:何かを探すように彷徨う姿
- 過去の映像を通してカラムのプレッシャーを探す描写
- 終盤ストロボシーン:感情的になる様子→カラムとハグ→カラムを突き放す
- 父の死を防げなかった後悔の投影とカラムが死を選択したことへの分からなさ
冒頭と中盤のストロボシーンは、大人になったソフィがカラムの死の背景を知ろうとして探す様子だと想像できます。
捉えるのが難しいのが終盤シーン。フロアでカラムを見つけたソフィは何か感情的に訴えています。その後、ハグをして子供の頃のシーンと重なり、その後のストロボシーンではカラムを突き放す様子が伺えます。
感情的に訴えているのは、「どうして死んでしまったのか」を訴えているのだと思います。その後のハグは、一緒にいたかった様子を思わせ、突き放しているのは、大人になったソフィが当時はカラムの悩みを何も知らず、父の死を防げなかった自責の念の投影のようにも思えます。
そしてラストシーン、「空港で見送りする過去の映像」「現在の大人ソフィ」「ソフィの想像上のカラムの死に場所」の3つの軸が、カメラは円を描くようにパンすることで繋がります。
大人になったソフィは最後に父親に会うことができた。大人になったソフィは、記憶を手がかりにしてカラムが何を考え、何を感じていたのかを想像することができたのです。つまり、親としての準備ができたことも意味しています。
物語の最後、暗転してタイトルが出る直前、ソフィの赤ちゃんらしき声が響きますが、「ママ」と言っているように聞こえます。
大人ソフィは誕生日を迎えていましたが、あの時のカラムと同じ31歳の誕生日だったのだと思います。
『Under Pressure』の歌詞がリンクする
(C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
さらに、『Under Pressure』の歌詞を追ってみます。
絶妙だったのが、曲が流れてから2人がダンスするシーンでハグをする瞬間と「Love」の歌詞のタイミングがドンピシャになっていたこと。
Turned away from it all like a blind man
Sat on a fence but it don't work
Keep coming up with love but it's so slashed and torn
Why, why, why?
Love, Love, Love, Love, Love盲目のように見えないふりをして
『Under Pressure』Queen & David Bowie
どっちつかずの状態だけど上手くいかないんだ
愛を求めるけどその度に引き裂かれるんだ
なぜなんだ
愛よ 愛よ…
ソフィにはカラムが必要だった、一緒にいてほしかった。愛を求める一方で、彼は遠くへ行ってしまった。当時は見えなかったけれど、今となってはカラムの愛を理解することができた。
大人になったソフィは自分の子供に愛を注ぎ、子供のそばを離れないことでしょう。
This is our last dance
This is ourselves
Under pressureこれが私たちの最後のダンス
『Under Pressure』Queen & David Bowie
これが私たちの姿
プレッシャーの中での
そして『Under Pressure』の歌詞の最後、文字通り「これが私たちの最後のダンス」、映画と歌詞が重なります。
いろんな家族の形がある中で、「これが私たちの姿」なんだと。
“愛なんて時代遅れな言葉”と歌う『Under Pressure』ですが、それでもフレディ・マーキュリーは“Give Love!”と叫び、それに呼応するようにデヴィッド・ボウイは“This is ourselves”と歌います。
まとめ:最後の記憶を巡る旅
今回は、『aftersun アフターサン』をご紹介しました。
愛しい人を失ったときの行動のひとつに、「探索行動」があります。声や匂い、記憶や身につけていたモノなど、それらを通してその人に思いを馳せる。
ソフィはカラムの残したビデオカメラや絨毯などを通して彼に思いを馳せていました。
(C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
感情は波のように変化する。誰もが人生という荒波のプレッシャーを受けながら生きている。2人を写したポラロイド写真がじっくりと現像されていくように、時を経て当時の父の気持ちを理解する。
じわじわと余韻が押し寄せる、素晴らしい映画でした。
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