今回ご紹介する映画は、『劇場』です。
又吉直樹さんの恋愛小説を行定勲監督が映画化した本作。
主演には山﨑賢人さんと松岡茉優さん。劇中のほとんどが2人の物語で進んでいきます。
近年の行定勲監督の中でもベスト級に良かったです…!
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映画『劇場』の作品情報とあらすじ

あらすじ
友人と立ち上げた劇団「おろか」で脚本家兼演出家を務める永田は、前衛的な作風もあって上演ごとに酷評され客足も伸びず、劇団も解散状態で孤独を感じていた。
彼はある日、自分と同じスニーカーを履いていた沙希に思わず声をかける。
戸惑いながらも永田を放っておけない沙希は一緒に喫茶店に入る。
そこから二人の恋は始まり、付き合うことになったのだが、お金のない永田は沙希の部屋で一緒に暮らし始める。
作品情報
タイトル | 劇場 |
監督 | 行定勲 |
原作 | 又吉直樹「劇場」 |
出演 | 山﨑賢人 松岡茉優 |
製作国 | 日本 |
製作年 | 2020年 |
上映時間 | 136分 |
映画『劇場』のスタッフ・キャスト
スタッフ
- 監督:行定勲
- 原作:又吉直樹
- 脚本:蓬莱竜太
- 音楽:曽我部恵一
監督は『GO』や『世界の中心で、愛をさけぶ』などで知られる行定勲監督。
本作では、男女の恋愛のどうしようもなさを巧みに映像化していました。
原作はお笑い芸人であり、芥川賞作家でもある又吉直樹。
芥川賞を受賞した『火花』が有名ですが、『劇場』はそれ以前から書いていた作品とのこと。
彼は「恋愛というものの構造がほとんど理解できていない人間が書いた恋愛小説です」と自らを表現しています。
芸人としての彼自信と、彼が観てきた風景が本作を作り上げているのだと強く感じます。
脚本には劇団の作・演出も手掛ける蓬莱竜太が参加しています。劇団出身の彼が加わることで、一層リアルな空気感が加わりラストの展開も小説とは違った魅力をもたらしていました。
音楽を担当したのは「サニーデイ・サービス」の曽我部恵一。
キャスト
- 山﨑賢人:永田
- 松岡茉優:沙希
- 寛一郎:野原
- 伊藤沙莉:青山
- 井口理:小峰
- 浅香航大:田所
山﨑賢人:永田
©2020「劇場」製作委員会
本作の山﨑賢人さんは彼のキャリアでベストアクトのように感じました!
山﨑賢人さんってマンガを実写化した作品に多く出演している印象が強いですよね。
割とオーバーめな演技が『キングダム』では功を奏していて、力強い印象を与えていましたが、これまでの王道主役キャラとは一味違った本作の役柄も結構ハマっていたように思います。
ドラマ『トドメのキス』などでも感じましたが、どちらかと言うと、王子様キャラよりクズ男とのほうが似合っていると思いますね。
松岡茉優:沙希
©2020「劇場」製作委員会
松岡茉優さんはマジですごい!
役作りを徹底的に仕込むタイプだと監督が話していますが、それが感じられるのが前髪をさり気なく直す仕草や目線の外し方。素としか思えないリアルな演技で、沙希という天使のような存在を本当にいるかのように見せてくれるのです。
特に後半ではセリフ一つ一つがボディブローのように効いてくる素晴らしい演技でした。
同時に永田という演劇に囚われた屈折した男を支える健気さと、徐々に壊れていく姿は観ていて非常に辛い部分がありました。
寛一郎:野原
©2020「劇場」製作委員会
伊藤沙莉:青山
©2020「劇場」製作委員会
本作がほぼ主演2人の物語のため、その他の人物についてはそこまで描かれません。その中でも青山というキャラクターの存在は重要で、観客と同じように一歩引いて観られる部分があるんですよね。
伊藤沙莉はそのキャラクターにピッタリで、特徴のあるハスキーボイスが魅力的で好きな女優です。
井口理:小峰
©2020「劇場」製作委員会
4人組バンド「King Gnu」のボーカル、井口理も出演しています。
くすぶる永田と対象的に才能を発揮して活躍している小峰という役柄で、ほぼ登場しないので演技面では特にありませんが。そこにミクスチャーバンドとして活躍する井口をキャスティングしたのは上手いですね。
浅香航大:田所
©2020「劇場」製作委員会
カメオ出演や音楽など
演劇をテーマにした本作ならではのちょっとした笑いもありました。
- 白石和彌
- 吹越満
- 笠井信輔
- 萩尾瞳
- ケラリーノ・サンドロヴィッチ
上記のように演劇や映画にゆかりのある人々がカメオ出演しているのも面白いです。
【ネタバレなし】芸術・芸能・文化特有の道
©2020「劇場」製作委員会
本作、適切な表現なのかは分かりませんが、いわゆる下北沢界隈の人は痛いほど突き刺さるものがあります。
芸術という先の見えない道
下北沢界隈ってなんだよって話ですが、要は役者やミュージシャン・芸人などを目指す人たちのこと。
つまり、明確な目標設定が見えづらい芸術や芸の世界だからこその葛藤や嫉妬が痛いほど分かるのです。
原作者の又吉直樹さんは、ご存じの通りお笑い芸人ですよね。
前作『火花』では売れない芸人、『劇場』では売れない演劇家という彼が芸人だからこそ見えてきた、そして通ってきた道を見ているかのようでした。
その中で、自尊心、嫉妬、焦り、そして恋愛。それらをひっくるめて又吉氏は「どうしようもなさ」と表現しています。
その言葉がまさにピッタリと当てはまり、分かる人にはとても苦しくなるほど突き刺さり、そうでない人は淡々と見れてしまうのです。
ネタバレあり
以下では、映画『劇場』の結末に関するネタバレに触れています。注意の上、お読みください。
【ネタバレ感想】恋愛の「どうしようもなさ」
原作小説を読んでいたときにも感じたのですが、観ているのが辛いんですよね…。
永田というプライドの高い男と、沙希という天使のような存在が互いに好きでいるのにすれ違っていく過程が観ていて辛いのです。
永田のモノローグが劇中に散りばめられることで、永田が自分の行動を振り返るように進んでいく形になっているのも効果的。
劇中では印象的なシーンがいくつかありました。
- バイクのシーン
- 「もう東京だめかもしれない」
- 自転車シーン
- ラストシーン
その中でも上記のシーンは胸に刺さります。
バイクのシーン
©2020「劇場」製作委員会
沙希が大学の男友達からもらったという原付バイクに乗る永田。
彼が公園の周りをぐるぐると周回する途中で沙希が「ばああああ」と永田の真似をして現れるも、フルシカトでひたすら公園を何度も何度も回り続ける。
その後、永田はそのバイクを鬱憤を晴らす対象として破壊してしまします。
「もう東京だめかもしれない」
永田と沙希の関係が終わりへ向かう決定的なのがこのシーン。
永田が沙希の好きなアイドルのDVDを見つけ、2人で見ることに。2人でボーッと眺めていると、沙希が始めて辛さを吐露する。
「もう東京だめかもしれない」
「そっか」
「永くんは1人で大丈夫?」
「俺は大丈夫やで」
この一連のシーンが切ないんですよね。
その沙希の言葉でどれほど彼女がすり減らしていたのかが痛いほど伝わってきます。
自転車シーン
本作のハイライトとも言えるのがこのシーン。
店長と一緒に帰った沙希のもとへ行った後、自転車に二人乗りして夜の桜並木を通り抜ける。
自転車の後ろに沙希をのせ、くだらない話をひたすらに永田が話し続ける。沙希の手は永田の体に触れることはなく、荷台を掴んでいた。
始めて出会った時、彼女を女神だと思ったという永田は反応しない沙希に「神様後ろに乗っていますかー?」と聞くと、彼女は何も語らず涙する。
『劇場』の原作と異なるラストシーン
©2020「劇場」製作委員会
本作は基本的に原作に忠実で、どちらも素晴らしいラストシーンになっていますが、映画では小説とは少し違ったある仕掛けをしています。
共通のラストシーン
沙希は自分の部屋の荷物をまとめるために東京へやってくる。
部屋にいた永田は、過去に一度沙希が出演した思い出の舞台の台本を手にしている。
そのセリフを読む永田。それに合わせる沙希。
読み進めると台本と違うことを話し始める永田。それは自分の沙希に対する思いを吐露したものだった。
迷惑ばかりかけ、沙希に辛い思いをさせた。それも自分に才能がないからだと。
そして永田は沙希との夢物語を話し始める。演劇で成功しお金も稼ぎ、沙希も元気になって美味しいものを食べに行けると…。
そして、お面をかぶった永田は「ばああああ」と言う。何度も何度も。
このあとの展開が小説と映画で異なってくるのです。
小説でのラスト
上記のラストシーンの後、小説では以下のように締めくくります。
「沙希は観念したように、泣きながら笑った」
広がり続けた2人の溝に橋を架けるような少しの希望を醸し出すラストのようにも感じます。
映画でのラスト
©2020「劇場」製作委員会
一方、映画では沙希の部屋でのラストシーンの後、それが舞台での出来事だという種明かしがされるのです。
原作小説とは異なり、文字通り屋台崩しという手法を使っています。
満員の観客の中で沙希もそれを観ていました。彼女は終幕してみんなが帰る中、いつまでもその席に座ったままでした。
スタジオに小劇場ごとセットで組んだという本作。又吉直樹の原作に対して、舞台の演出家としても活躍する行定勲監督なりのひと捻りを加えていました。
これは絶妙なアレンジですよね!
小説版とは違う形で永田というキャラクターを活かし、2人の物語を切なくも救いの残る形にしているんですよね。
【考察】キスすら描かれない非現実さと現実感のギャップ
©2020「劇場」製作委員会
又吉直樹さんの原作もそうなのですが、本作では恋愛関係を描いているにも関わらずキスを含んだ身体的な接触の描写が一切描かれません。
永田が他の人との関係を匂わせる様子もブロックを持ち帰るという描写で済ませ、肝心の沙希との間には7年という月日があるにも関わらずキスのひとつですら描かれないのです。
これを違和感とするか、それとも身体的な関係以上のもの(精神的なつながり)を描こうとしたと捉えるかは人それぞれですが、僕は後者と捉えています。
東京のどこにでもある日常
原作の又吉直樹は恋愛を知らないと語っていますが、お笑い芸人という立場の彼が観てきた風景がそこにはありました。
そして、一見すれば現実離れしているような沙希というキャラクターを松岡茉優さんの演技で上手く現実に落とし込んでいるのです。
多くの人が共感してしまうように、『劇場』の2人の物語は、形こそ違えど、東京のどこにでもある日常や風景を切り取ったものなんですよね。
永田と沙希について
本作では、永田の人間性のクズっぷりが表に出がちですが、それらすべてを受け入れる沙希に関してもなかなかに異質です。
彼女は一見すると理想的な女性に映りますが、彼女が永田の理想の存在でいようとすることが、結果的に永田と、そして自分自身をを苦しめることになるのです。
これがなんとも切ないのですよね…。
一方、永田という人物は見事なまでに屈折した性格で、非常にタチが悪い。高すぎるプライドに嫉妬心が折り混ざり、手のつけられない人物になってしまう。
永田はどうしようもないですが、同時に気持ちもわかるんですよね…。
そんな2人に共通するのは、理想に縛られて生きているということ。
- 永田は自分の才能が認められるものだと思っている
- 沙希は永田にとっての理想の女性であろうとする
互いが自分の理想に縛られて生きていることで、それが結果的に自分自身をを苦しめることになってしまうのです。
永田は自分に才能がないと受け入れらず、沙希は永田が才能があると信じている。
この関係性が、少しずつ歪んでいき、小さなヒビはやがて埋めることのできない大きな溝になっていく。
そんな優しい沙希もついには限界を迎えてしまい、そんな彼女から発せられる言葉の数々は痛すぎるほど胸に突き刺さるのです。
痛さと悲しさ、そして虚しさが入り混じる切ないシーンでした。
原作を知らない人が恋愛映画としてみると面食らう可能性のある本作ですが、原作を大事にした映画作りと、そしてなんと言っても松岡茉優という女優の真髄を目の当たりにしました。
まとめ:原作のテイストを優しく包み込んだ名作
今回は、行定勲監督が又吉直樹さんの原作を映画化した『劇場』をご紹介しました。
又吉直樹さんの原作のニュアンスを行定勲監督が絶妙に映像化し、最後に魔法のスパイスを加えた一本。
多くの人が思い当たる「恋愛のどうしようもなさ」を見事に描いた苦くて切ない恋愛映画の新たな名作の誕生を見届けました。
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